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2007年3月13日 (火)

vol.9 愛とは無償の想いである

 失恋の痛みを止める薬はない。自分自身で治すしかないのである。自分自身で治すのを助けてくれるのは「時」である。時間である。
 と、失恋の痛みがその心や体を蝕む方に行けば治す方法はあるが、これが外に向いたら大変である。思いの通じない相手に無理矢理通じさせようとしたり、怨んで嫌がらせをするようになると犯罪行為へと繋がっていく。ストーカーから殺人行為へとエスカレートし、歯止めが利かなくなる。精神の正常性を失い、コントロールが出来なくなって行くのである。こうなると危険極まりない。取り返しのつかない事になる前に、即、対象の人間から遠ざけなければならない。そして、隔離し時間を費け、正常に戻してやらねばならない。
 失恋は人を成長もさせるが破滅にも追いやる。どちらに向かうかは本人次第である。 
 人を想う、人を慕う事は素晴らしい事である。その人の心を豊かにしてくれる。筈である。その想いが純粋であれば……。
 純粋な想いとは、見返りを求めない気持ちである。想いを相手にも求めるから、純粋ではなくなる。想うだけで楽しくなる。嬉しくなる。その人の幸福を願う。その人の為なら何でもしてやりたい……それが純粋な想いである。決して相手に求めない。自分の事を想ってくれと求めない。
 求める気持ちがなければ、自分が想っているだけで十分幸福であれば、落胆はやって来ない。失恋も存在しない。それが愛の姿である。
 愛とは無償の想いである。決して見返りを求めない。自我を滅した、人への想い……それが深い深い愛なのである。人を好きになったら、その想う気持ちだけではなく、その人の役に立つ事を考えよう。その人の嫌がる事は絶対にしてはならない。その人に喜んで貰う事を考えよう。その人を自分一人のモノに、自分の思い通りにしようとするから、それが叶わぬとなれば不幸になる。求めなければ不幸はやって来ない。失恋もない。ストーカーにもならない。純粋に人を想う気持ちが、その人を成長させ素的にしていく。
これがなかなか難しい――つづく。

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