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2007年4月 6日 (金)

病・自我からの脱出

vol.17 病に罹るのは当たり前

 人は誰しも病に罹りたくはない。罹りたくはないが罹ってしまう。
 人は誰しも聖人君子ではない。清濁を合わせ持ち、その両極を行ったり来たりしながら世の大海を泳ぎ、喘ぎ、疲れ……病に罹る。病に罹らず生涯を、長寿を全う出来る人は少ない。また、出来たとしても、果たしてそういう人が本当に素晴らしい人と言えるだろうか。
 生まれついての聖人君子はいない。前生からの徳を一杯持って生まれて来たとしても、今生でそれを全て駆使出来る訳ではない。全ての人にその徳が当て嵌まるとは限らない。
 何十億という、今生きている人には、その数だけ生き方がある。血液型のように四通りと決まっていれば、こんな簡単な事はない。干支や星座占いのように、十二通りで生き方や人生が決まっていれば、こんな簡単な事はない。
 全て、何十億個、個性が違う。似ている事は多々あっても、全く同じという事はない。似て非なるものである。だから、人生は楽しく素晴らしいのだ。人工的にクローン人間なるものを造ったら、間違いなく人類は破滅する。皆違うから、それぞれの考え方、生き方があり、それぞれの個性が磨かれ、光り輝くのである。
 生まれ乍らの人格者というものは面白くも何ともない。人は悩み挫折する。失敗して転げ落ちる。そして、其処から這い上がって来て、味のある、魅力のある人間に成長していくのである。挫折するから人の悩みが分かり、失敗するから人の苦しみが分かる。
 病に罹らなければ病の辛さは分からない。病に罹らなければ健康の有難みが分からない。
 だからといって有難みが分かる為に、わざわざ病に罹る事はない。病に罹らなくとも有難みが分かる方法はある。幾つかあるが、それはもう一寸後に述べる事にする。
 取り敢えず、病に罹ってしまったらどうするか、だ。
 罹ってしまったら仕様がない。クヨクヨしても仕様がない。クヨクヨ悩むと病の思うツボ、どんどん攻め込んで来て、どんどん悪化する。そして、這い上がる事の出来ない地獄へと落ちていくのである。
 病に罹ったら、病に罹るのが当然と思う事。
「え? 何故? 何故私が病に罹るの? そんな馬鹿な!」と驚き、まるで強盗に丸裸にされたかのように嘆き、喚く人がいる。自分だけは病に罹らない、と過信している人に多い。バカは貴方だ。
 どんなバカか――つづく。

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