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2007年4月24日 (火)

vol.19 生まれて来た時は皆五十歩百歩

 病の本体が“気”であると知る事は出来ても、本当に理解出来る人は少ない。
 風邪を引いて高熱に苦しむと、矢張り一生懸命薬を飲んで治そうとする。病院に駆け込んで注射に依って熱を下げようとする。いざ、となると結局依存心が優先する。
 病は、その人の「気」の欠点を体に示して教えて呉れているのである。これが真に理解出来て、始めて回復へと向かう事が出来る。
 病に限らず、仕事や人間関係で上手くいかない事が起きると、予期せぬ受難と嘆く人がいる。「自分は何も悪い事をしていないのに、何故?」と疑問に思う。そして遂には、人や巡り合わせや、天の所為(せい)にする。どうしても自分が悪いのだという事を、認めようとしない。それどころか、自分の欠点に気付きもせず、他や天に迄責任を押し付ける。貴方もそういう人を見た事があるだろう。これはなかなか重症です。相当叱ってやらないと気付かない。中途半端だと逆恨みされて了う。相当(かなり)の情熱を以って叱ってやるか、時間が費かっても良いから、本人が素直になる迄待つしかない。中途半端は絶対に駄目である。
 良い結果が出れば全て自分の手柄、悪い結果が出ると全て他人の所為、なんて性格の人は愛せない。愛せないどころか友達にはなりたくないだろう。然し、放って置いたら自業自得で自滅するか、他に害を及ぼす。自己中心の生き方は周囲を不幸に巻き込む。
 誰しも、人を不幸にする嫌われ者にはなりたくないだろう。
 誰にも相手にされなくなって、やっと気付くのは厭だろう。
 自己嫌悪に苛まれ自殺したくなる迄陥りたくないだろう。
 ならば、どうすれば良いか。
 何時も自分が嫌われ者ではないだろうか。人の役に立っているだろうか、と点検する事である。そして、心当りがあれば直ぐに反省し、謝罪し、是正する。そうすれば、大病大難に至らずに済む。人を傷付けずに済む。其処に成長がある。
 人は皆、完成された人間として今生に来たのではない。皆、欠点だらけで生まれて来ているのだ。生まれて来た時は五十歩百歩、大差はない。
 完成されてれば今生には来ない。皆、欠点だらけだから今生に修業に来ているのである。
 人は、どう修業し、どう生きるかで差が付き始める。
 短くもあり、長くもある人生。その一日一日をどう生きるかで、人の値打が変わってくる。差がどんどん付き始める。それがやがて大差となり天と地程違ってくる。
 貴方は天か地か、どっちを選びますか――つづく。

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