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2007年5月30日 (水)

vol.22 人間はどんどん平和から遠退いていく

 人は平和を求めている。戦争のない世界を構築したいと思っている。人類、皆平和で、幸福でありますようにと、誰しも願っていると貴方も思うだろう。
 果して本当に皆が皆そう思っているだろうか。真に心底からそう願っていると言えるだろうか。国と国とが武器を駆使して戦い合う事を戦争と言ってるのではなかろうか。
 勿論、それは多大な犠牲を出す大きな戦争である。起きてはならないものである。
 国と国との戦争も元はと言えば、個と個の衝突ぶつかりから始まる。国を引っ張るリーダーとリーダーの喧嘩から始まり、そしてその取巻きの一握りの人間達が、国民を捲き込んで戦争へと突き進んで了うのである。元はといえば個である。
 どうも人間というのは競争心、闘争心が強い。動物だから当り前と言えば当り前だが、この競争心、闘争心が戦争を生み出す根源だとすれば、それが消滅しない限り人間社会から戦争はなくならないだろう。永遠に平和は来ないだろう。
 この地球に生きる人間全員が仏やキリストの次元に到達しない限り、平和にはなり得ない。
 人は平和を願っていると言い乍ら、その反面競い合い闘う事に燃えている。
 スポーツもそうである。オリンピックもかつては「参加する事に意義がある」と勝敗は兎も角、フェアにお互いの力を出し切り、その祭典を通じて国と国との交流を深めたのである。が、今や「勝たねば意味がない」「金メダル以外はメダルではない」と、勝つ事のみに専念している。これはもう戦争である。勝つ事のみを称賛する国民が、選手を闘争心の塊にして了っているのだ。
 受験もそうである。学歴社会が受験戦争で子供達を地獄へ引き摺り込む。
 人は勝敗の渦に捲き込まれ、勝組になろうと必死に戦い、勝てば驕り、敗ければ卑屈になり、地べたを這い摺り回る。
 人は平和を願っていると言い乍ら、日常で戦争をしているのである。親が子を、子が親を殺し、兄弟間の争いも日常茶飯事で行われている。道を歩けば普通に見える人間がいきなり襲って来る。家の中にいても突然の乱入者に金品を取られ、命をも奪われる。国が国を侵略する事だけが侵略ではない。侵略は個と個の間で日常茶飯事起きているのである。アメリカでは成人は皆拳銃所持を許されている。自分以外は皆敵と思えと言ってるようなものである。
 人間はどんどん平和から遠退いていく。世の中は殺戮と病が蔓延し、地球全体を滅亡へと追い込んでいく。  救われる道は、助かる方法は……つづく。

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