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2007年6月11日 (月)

vol.23 浮気に時効はない

 自我からの脱出は結構難しい。宗教家が何十年と修業しても脱出出来る人が果して何人いるか。まして巷の、魑魅魍魎の競争社会にあっては至極至難の技である。俺が俺が、俺は俺はと自己主張し、人を撥ね除け、踏み潰しても勝つ為に生き残る為に、生命を賭けて戦う。
 企業戦士、頭脳戦士に明日はない。心の平安、平和はない。頭の中は数字ばかりが飛び交って、人間本来持っている素晴らしい感性を置き去りにし、何とも得体の知れない怪物と化していく。そして退職した時、幼少期のままストップしている感性に気付き愕然とする。何も成長していない自分にやっと気付くのである。そして、追討ちを掛ける様に妻から離縁状を突き付けられる。
「何故だ、何処が悪いんだ? 俺は妻や子、家族の為に必死に頑張って来たんだ。何故こんな仕打ちを受けなければならないんだ!」と叫びたくなる。
「不自由のない生活が出来るのは、一体誰のお陰なんだ。感謝はされても不満や恨みを持たれる事は何もない筈だ」と、腹の立つのを越えて泣きたくなってくる。
 勘違いに気付かなければならない。でないと本当に離婚されて了う。
 結婚して家庭を持った限り、家族の為に働くのは当たり前の事である。義務である。家族を養い、生活を安定させるのは夫として、人間としての最低の条件である。感謝を要求する程のものではない。家族の為家族の為と言って、実は自分の事業欲の為ではなかったか。競争社会で戦う事に生き甲斐を持っていたのではないか。それが証拠に、リタイアした途端、何をしたら良いか分からなくなる。何かしたくても、出来るものが見つからない。無能な自分を発見する。此処で勘違いに気付かなければならない。
 仕事に夢中になる余り、妻や子を思う気持が足りなくはなかったか。妻や子が何を考えているか、理解出来ていただろうか。妻や子を本当に幸福にしたいと思って来ただろうか……。
 満点であれば親子の断絶はない。引き籠りの子にはならない。離縁状は突き付けられない。家族を裏切って浮気をした事はないか。もう随分昔の事だ、と思っていたら大間違い。浮気は家族全体への裏切りである。家庭の崩壊へと繋がる。決して許して貰えるものではない。事業の信用よりも家族の信頼は修復が遥かに難しい。夫の家族への裏切りは時効のない罪となって墓に入ってまでも償わされる。命日には家族が墓前で手を合わせ、ぶつぶつ、ぶつぶつとお経ではなく文句を垂れる。本人死しても永遠と文句を言われるのである。
 自己中心で生きて来た罰である。  自我からの脱出は難しい――つづく。

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