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2007年7月 2日 (月)

vol.24 人生は幸福の荷を運ぶ航海…

       人の世は短く長く
      ひたすらに
      生きてこそある 今のやすらぎ

 人生は短くもあり長くもある。一日一日が充実していて中身の濃い毎日を送っている人には人生は短いだろう。その人の寿命が来た時、自他共に短いと実感する。
 寿命というものは誰にもやって来る。唯、短いか長いか丈である。一日一日がつまらなく、中身の薄い毎日を送っている人には、人生は長いだろう。その人の寿命が来た時、自他共に長いと実感する。それで良い。それで良い筈だ。
 いつも人の為を想い、いつも人の為に動ける人は素晴らしい。必ず尊敬され、感謝される。そういう人に寿命が来た時、人々は「惜しい人を失くした」と言う。もっともっと役に立って欲しいからだ。もっともっとその人に要求したいからだ。人は欲が深い。死しても未だ要求する。だから本人も、もっともっと役に立ちたいのに「残念」と息を引き取る。その人の人生は自他共に短い。
 いつも自分の為を思い、いつも自分の為に動く人は醜い。必ず軽蔑され、憎まれる。そういう人に寿命が来た時、人々は「ああ、やっと死んだか」と言う。もっともっと早く死んで欲しかったからだ。死して初めて人に安らぎを与える。人に喜ばれない人生は、つまらなく長い。短くても長い。自他共に長い。
 
       人は裸で生れ来て
      何も持たずに死して逝く

 物理物理を追い掛けて、我欲を幾ら満たしても、何も持っていく事は出来ない。人の心に何も残す事は出来ない。死すると同時に「あっ」という間に忘れられて了う。それ位に短く軽い人生なのである。
 人の為に生きた人は、人々に一杯感動を与え、尊敬と感謝に包まれ、抱え込めない程の幸福を持って、次に旅立つ。その人にとって、人生は幸福の荷を運ぶ航海なのだ。
 人の世の長短は、人の心の長短である。その人の寿命は誰も知らない。天のみぞ知る。人の未来は一分一秒先の事も分からない。分かったような事を言う輩は、占いも含めて、全てインチキである。一分一秒先が分からないから、明日死するかも知れないから、今日が大事なのである。今日を充実させなければならないのである。
 今生明死……。今生明死については追い追い理解出来るだろう。
   扨、今宵もひたすらに、人を想い酒を汲む…か。  つづく。

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