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2007年8月21日 (火)

vol.29 天は悪魔を此の世に送り込む

 或る人は此の世に修業の続きをする為に生まれて来る。
 或る人は此の世に罪を償う為に生まれて来る。
 或る人は此の世に御褒美を戴く為に生まれて来る。
 或る人は此の世に人を救う為に生まれて来る。
 或る人は此の世に人を幸福へと導く為に生まれて来る。

 何れにしても決して人を傷付け、人を不幸に追い込む為に生まれて来たのではない。
 人は此の世に悪魔になる為に生まれて来たのではない。罪を償う為にと、天と自分を偽ってまで此の世に生まれて来る理由は、一体何なのか…。
 反省のない魂が此の世に生まれて来るのは、前生でやり残した悪事悪業を現世でやり尽す為なのか。前生で失敗した悪事を現世で成功させようと、悪魔世界構築の為に生まれて来るのか。そして天は、何故それを容認するのか。悪魔を容認すれば、永久に地球は平和にならないではないか。
 天が人に共存共栄、平和を求めるのであれば、悪魔を現世に寄こさなければ良いではないか。純粋に真面目に、愛を磨こうとする魂だけを選んで、此の世に誕生させれば良いではないか――はてさて、面妖な。と思う人が多いだろう。
 天は何故、わざわざ悪魔を此の世に送り込むのであろうか。悪魔にも色々あるが最悪の悪魔は、戦争を仕掛け惹き起す悪魔である。これは大量の人の命を奪うだけではなく、地球を大きく傷付ける。大切な自然を破壊する。戦争は人類を滅亡へと誘うのである。
 地球には何時の世も悪魔が存在し、人心を惑わし人々を戦争に捲き込む。
 大きな犠牲を出して戦争は終結し、人々は命の尊さを知り、平和の有難さを身に沁みて知る。天の荒療治である。そして、世の中に平和が戻り、皆幸福に暮らしたとさ、という訳には行かない。喉元過ぎれば熱さも忘れ。人は戦争の悲惨を厭という程思い知らされた筈である。それが時の経つ中に少しずつ忘れ、又、自我欲が芽生えて来るのである。競争心、闘争心が湧いて来る。人の物を欲しくなる。人の物を奪ってでも欲しくなる。そんな時、悪魔が登場する。時代の申し子のように登場する。人々は、あっという間に悪魔に煽られ、服従する。戦争へと突き進むのである。
 人は経済的にも精神的にも余裕がある時は、貧に窮した人を見て、慈悲の心を持つ。慈悲の心を持つ事が出来る。だが……   つづく。

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