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2007年8月27日 (月)

vol.32 自己満足の間は愛とは言わない

 人は皆、平和を願っている。平和を願わない人はいない、と誰もが思っている。と、貴方も思っているだろうか……。それは、誰もが平和を願っていると思いたい、そうあらねばならぬという願望であり、平和への憧れである。実に切ない願望である。何故なら、戦争は今も、これから後もずーっと続くからである。
 何故、その様な予言めいた事が言えるのか――それは、現実を見れば一目瞭然である。これから先に起きる事を予め断言する事を、“予言”と言う。だが、一分一秒先の事でも予言(断言)する奴はインチキである。人心を惑わす悪魔である。ならば私はペテン師か、悪魔か。何故私は予言めいた事を言うのか――。
 私の言っているのは予言ではない。予言めいていても予言ではない。
 私が言っているのは、予測であり予想である。予言と予想は断言と想像であり、全然違う。
 世界の現状を見てみると、武器と武器を以て殺し合いをしている国と国、睨み合い乍ら一触即発の国と国、孤立して悪魔の凶器をチラつかせ乍ら駆引きをしている国、国内に於いて治安が乱れ、殺人が日常茶飯事の如く多発している国、家庭が崩壊し、家族間で殺し合っている国……。一目瞭然である。この世界の現状を見て、予言者等というインチキに予言して貰わなくても、誰でも予測出来る。予想出来る。戦争が終らない事を、平和が遠い事を。
 今、一番大事なのは己自身である。貴方自身である。自己愛、自分を大切にする自己保身が強い間は誰も救えない。救える訳がない。平和はやって来ない。来る訳もない。
 災害で避難している人達の姿をTVで見乍ら、喉にも支えず食事が出来る神経。自分に降り懸らない火の粉、対岸の火事には心も痛まない薄情なる人間、そういう人が多い中は平和はやって来ない。やって来る筈がない。
 人は愛を深め、より次元の高い人格を形成する為に、此の世に生まれて来たのである。人の災難を見た時、放って置けないだろう。他人ではない、人類皆兄弟なのだ。何とかしてやりたいと思うだろう。何等かの痛くもない金を寄付して「ああ、良い事をした」と自己満足をし、その問題は解決、チャンチャン!という次元からもっと深くなって、遊興費を削り、食事の贅沢を削り、被災地に駆け付け情況を良く見て、有効にお金を使わなくてはならない。それが愛である。それが少し進歩したホントの愛である。自己満足の間は愛とは言わない。人の災害を我が事とし、心を痛め献身的に尽す姿……それがホントの愛である。  つづく。

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