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2007年9月 7日 (金)

第二章 CHANCE―飛翔

人は 生まれる という奇蹟に恵まれ
    生きる というエネルギーを授かり
    出会う というチャンスを与えられる

人には必ず出会いがあり やがて別れがやって来る
出会った時だけが 生きているのではない
別れた後も 全てが その人の心の中に残る

愛に満ちた素的な関係だと その温もりは
永遠に お互いの魂の中に宿る

人と人との出会い
それは 人と人とを成長させる チャンスである
天からの素晴らしい プレゼントである




災いは出発の始発駅

vol.36 今日出来る事を見つける

 目が見え、耳が聴こえ、口が利ける……何と素晴らしき事か。
 我々は時として、その恵みを当り前の事とし、有難さを忘れがちである。
 目が見えないという事は、人の顔や姿、空の色や景色、あらゆる物が何一つ見えないという事である。
 目の自由な人が一度、丸一日目隠しをして生活して見れば分かる。全くの暗黒の中で一日生活する事は出来ない、という事に気付く。誰かに手伝って貰わなければ、歩く事も食事をする事も、何も出来ない。何が襲って来るかも分からない……自分を護る術はない。誰かに手伝って貰わなければ、誰かのお世話にならなければ、一日だって生きていく事は出来ない。
 耳が聴こえないという事は、世の中の音が何も聴こえないという事である。人の話し声とその内容。音楽、その音色と内容。物の音、風の音……何も聴こえないという事。
 口が利けないという事は、思った事を思い通りに相手に伝えられないという事である。それがどれだけ不自由な事か……。
 目を隠し、耳を塞ぎ、口を閉じて一日生活出来るだろうか。一日は疎(おろ)か、一時間も耐えられず、先ず目隠しを自ら取って了うだろう。それ程怖いものである。

 目や耳や口の不自由な人達が、一日一日、何を考え、どう生きているか……考えた事があるだろうか。この人達に引き籠りはいない。この人達に鬱病はいない。殆どいない。
 或る日突然、不自由になった時、人はそのショックで落ち込み、嘆き悲しむ。生きる気力を失くし、引き籠りがちになり、欝状態にもなる。
 だが、其処から健康で何不自由なかった頃を思い出し、如何に幸福だったかを思い知るのである。そして、不自由でも、こうして生きている、生かされている事に感謝の心が湧いて来る。生きている事の素晴らしさを知る。一日一日が、とても素的で、楽しく充実して来る。一生懸命生きようと頑張る。周囲の人に感謝し、何か人の為に役立とうと考えるようになる。今の自分に出来る事を考える。今日出来る事を見つける。それが見つかったら、始めるだけである。出来る事を出来る範囲で精一杯……其処に出発がある。再出発がある。喜びがある。天が味方をする。奇蹟が起きる。
 治る。      つづく。

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