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2007年9月11日 (火)

vol.37 放って置ける喧嘩

 人は生きている間、何度か喧嘩に出合う。喧嘩にも色々ある。
 意地の張り合いで、ソッポを向き、お互いに口を利かない喧嘩。こういう喧嘩に出合ったら、放って置くのが良い。放って置くと、そのまま縁切れになって了う直前、そのスレスレまで放って置くと良い。ま、大抵は其処まで行かずに仲直りするものである。意地を張ったり、ソッポを向くのは、お互い好き合っている証拠である。適当に楽しんで喧嘩をしている事を見抜き、放って置く事である。下手に仲介に入って仲良くさせようとすると逆恨みされる事になる。余計なお世話は却って人や自分を不幸にする。
「夫婦喧嘩と北風は夜凪(よなぎ)がする」という諺の通り、朝喧嘩をしていても夜には仲良くなっているものである。夫婦に限らず、良い仲の喧嘩はそういうものだ。「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」という諺もある。仲介に入るのは愚の骨頂。
「喧嘩する程仲が良い」というのが、普通の夫婦であり親友関係である。
 お互いに腹蔵なく言いたい事を言い合う仲、其処に生ずる喧嘩は、喧嘩ではなく、喧嘩という形を借りた、お互いの愛の表現であり、すればする程、愛が深まって行くものである。
 喧嘩をしない夫婦、何時も仲の良い友。出会いから死ぬまで、その様な夫婦や友人関係は存在しない。いたら、それは嘘である。仮面の夫婦である。世間に対し、仲の良い夫婦や友人関係を演じている丈である。いずれ仮面が剥がれる。熟年の離婚も、その一例である。
 言いたい事を言い合って、思う存分喧嘩して、最大の原因である誤解や自我が融けていく。その喧嘩の繰返しの中で、お互いに成長していく。愛が深まり、誤解が無くなり、喧嘩のネタが皆無になって、本当の仲の良い夫婦になるのである。言いたい事の言い合える、幾ら言っても喧嘩にならない友になるのである。
 妥協したり、我慢したりして保っている関係はホンモノではない。いずれ破綻する。 
 夫婦であれ、友であれ、仕事関係であれ、本当に愛しているならば本音でぶつかる事である。結果を心配するな。愛の下敷があれば大いに喧嘩すべきである。その相手とは必ず一生の付合いになる。貴方の大事な大事な人である。貴方の貴重な財産である。来世に繰越しの出来る財産である。    つづく。 

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