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2007年9月13日 (木)

vol.38 放って置けない喧嘩

 そもそも喧嘩になるという事は、当事者がチョボチョボだという事である。チョボチョボとは似た者同士、程度が殆ど同じ、五十歩百歩、どんぐりの背比べといった類の間柄の事である。
 所が、厄介な事に此の当事者達、相手より自分の方が優れていると思い込んでいる。「あいつ程馬鹿じゃない」「あいつより上だ」とお互いに思い込もうとしている。だから、欠点や落度を指摘されると「お前に言われる筋合はない」「お前に言われたくない」と腹を立て、今度は相手の欠点や落度を指摘する。お互いに自分の方が立派だと思っているから、応酬がエスカレートし、口論では済まなくなり、取っ組み合い、果ては――刃傷沙汰へと悪化していく。この喧嘩は放って置けない。放って置きたいが放って置けない喧嘩である。お互いに引っ込みがつかなくなり、行き着く所まで行って了うからである。
 そもそも、貶されたり馬鹿にされたりと、口撃されて腹を立てるのは、そのものズバリ、的中しているからである。グサッと胸に突き刺さるのである。
 当っているのであれば腹を立てる必要はない。その通りなのだから、指摘してくれた事に感謝しても良い位だ。それなのに腹が立つ。五十歩百歩の相手だからだ。「あいつより俺の方が上だ、あいつに丈は負けたくない」と嫌っている相手から貶されると、当っていればいる程、自尊心が傷付き相手が憎くなる。そして応酬する。やがて、誰も見たくない、みっともない、醜い喧嘩に到って了うのである。要するに馬鹿同士が喧嘩をするのである。馬鹿同士だから喧嘩になるのである。
 面白い事に、これが日頃尊敬してる人や、レベルが明らかに自分より高い人に指摘されると、腹が立たない。素直に聞ける。感謝もする。何故だ? 指摘して呉れる人によって有難かったり腹立たしかったり……つまらん人間である。
 つまらん同志が喧嘩をするから、みっともない。
「つまらんから止めろ、お互いに傷つくだけだ」と止めて上げよう。喧嘩する程、自分の醜さを露見しているのだ、という事に気付かせて上げよう。教えて上げなきゃ分からない。喧嘩両成敗、嫌われても良いから叱って上げて、その人達を少しでも成長させよう。放って置いたら碌な事にならない。放って置けない喧嘩である。
 底に愛情のあるのは、放って置ける喧嘩。
 底に敵意や憎しみを持ち合っているのは、放って置けない喧嘩。
 そこの見分けが出来たら、放って置けない人になって欲しい。余計なお世話にはなりません。  つづく。

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