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2007年11月 5日 (月)

vol.47 人はそれぞれの宿命という長さを持っている

 人間には、どうも出世したがる人としたがらない人がいる様だ。出世したがる人は都会型で、したがらない人は地方型、田舎型という事が出来るだろう。
 田舎型は争いを好まず、自然を愛し必要以上の物は欲しがらず、日々与えられた仕事に従事し、食に住居に満足し、仕事にも焦せらず、のんびりと一日一日が在る事に感謝して生きていくタイプである。何と素晴らしい事であろうか。故に長生きする人が多い。
 都会型は争いを好み、自然を忘れ、食に住居に満足せず、際限のない欲に駆られ、日々がむしゃらに働き、出世出世と出世街道をひた走り、一寸した事で躓(つまず)いて元も子も失くす事の多いタイプである。何と疲れる人生であろうか。故に短命の人が多い、不慮の死を遂げる人が多い。
 人はその死に方死に様で、その人のそれ迄の生き様が判かる。終り良ければ全て良し、終り悪ければ全て悪しである。
 人の生命は、人それぞれの宿命という長さを持っている。人は、その各々の短くもあり長くもある、宿命、寿命を生という出発点から、死という終点に向かって生きる。それぞれの人生を生きる。その人生をどう生きるかは、その人の自由である。その人のものである。
 都会型の争い好きは生い立ちに拠る所が多い。幼い頃貧しい家庭に生まれ、飢えと屈辱の中で育った人は、何とか出世して、豊かな暮らしがしたいと必死に働く。望み通りに成功すれば良いが、失敗しても良い暮らしに執着し、犯罪に手を染めて了う人も少なくない。
 手段を選ばず、豊かな暮らしを求めると不幸が待っている。飢えと屈辱をバネにして、それを原動力にして素晴らしい成功を収める人も多い。そういう人の立身出世談を聞くのは楽しいものである。
 人は与えられた環境をどう生きるか、本人次第で天国と地獄に分かれる。
 裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ち、甘やかされて生きて来た人は、人の苦しみが分からず、平気で人を傷付けて了う事がある。人を莫迦にする事がある。気付かず、或いは故意に人を不幸にする事がある。裕福で、幸福な家庭に生まれても、親が決して甘やかさず、人を想う気持、慈しみの心を確り教えなければならない。でなければ、碌でもない最低の人間になって了う。
 親馬鹿にならない様に気を付ける毎日でいましょう。――つづく。
 

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