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2007年12月13日 (木)

vol.51 愛と幸福は無償のものである

 幸福を追求すればする程、幸福は逃げていく。幸福になりたいと思えば思う程幸福は遠退いていく。それは自我欲の極致だからである。それ程大きな欲張りなのである。幸福は追求するものでも、欲しがるものでもない。幸福は物理の中にはない。物理の追求、欲求の中に、例えそれが叶おうとも幸福とは無縁のものである。
 ホントの幸福には何も無い。自我を捨て果てしなく無に近い所に至福の境地がある。自我を捨て、幸福になろうと欲する事を止める所から、ホントの幸福の領域に入るのである。実に次元の高い貴い、素晴らしい人間の誕生である。
 静かな気持で、澄んだ眼で慈しみの心を以て人々を見てみよう。人々の動きを観てみよう。面白い程人の心が見えてくる。怖ろしい程人の真実が見えてくる。人の内面の良さも悪さも的確に見えてくる。人を見る判断に狂いが生じなくなる。違いの分かる、極めて正確な人間になれる。人に対して迷いは生じなくなる。
 扨、では其処からどうするか、だ。縁有って宿命として授かった出会いである。どの人もどの人も皆伸ばして上げなければならない。聴く耳を持たない人、又は聞く状況にない人間は例外である。そういう人に費やす時間は無い。今、助けなければならない人がいる。その人に全力を投じなければならない。
 愛と幸福は無償のものである。次元が高くなればなる程、無償に近づく。
 ホントの愛と幸福は限りなく無償に近い。そのエネルギーの源は何か?
 素晴らしいホンモノの愛と幸福の原動力は一体何なのか……。その原動力が見つからず、人は悩むのである。色んな本を読み、色んな教えを乞い右往左往するが、一向に見つからない。大体、教えを説いている人間自体、殆ど解っていない。解っていない人間から教わっても、何を教わっているのか判る訳がない。愛、愛、幸福、幸福と綺麗事で言葉が乱発されている丈で、何が愛で何が幸福かという、その実体すら分かっていない人が多い。実体が分かっても、そのエネルギー、その原動力が何なのかが分からなければ、旨い饅頭を見ても手を出せないのと同じである。絵に画いた饅頭である。扨、その素晴らしいエネルギー、原動力とは?   つづく。

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