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2008年1月23日 (水)

vol.53 徳を積むには人に逢わねばならない

 大我大愛――その姿、その生き方そのものがホンモノの幸福であり、ホンモノの愛である。人間の頂点である。

 不幸な人は、皆例外なく自ら不幸になっている。
 自ら不幸を呼び込み、不幸を愚痴り、不幸を嘆く。
 不幸者は一様に不幸を人の所為にする。世間の所為にする。天の所為にする。自ら呼び込んでいる事を知っていても、気付いていなくても人の所為にする。そして不幸から這い出せなくなり、地獄を彷徨(さまよ)って朽ち果てる。勿体ない人生である。勿体ないという事も知らず、気付かず死して行く。そして来世に誕生する時、其処から始まる。例外なく其処から出発する。生まれついての不幸からスタートするのである。
 生まれた境遇から始まり、育つ環境も酷く、次から次と悪い事ばかりが降りかかり「何故自分ばかりがこんな目に遭うのか!」と嘆き「生きていても仕様がない、いっそ死んで了いたい、死んでやろう」と自暴自棄になる人がいる。
 私が何をしたというのか、何も悪い事はしてないじゃないか――している。
 天は、神は居ないんじゃないか――居る。
 居るとすれば実に不平等ではないか――平等です。
 ならば、どうして私を助けて呉れないのか――
 天は自ら助くる者を助く。自ら助かるには、どうすれば良いのか。
 何をしても上手くいかない――小我では助かる筈もない。自分の事でも大変なのに人の事所ではない、という考えでは永久に助からない。先ず他人事の為に働く、一生懸命働く。さすれば、それが徳となり、徳を積む事に依って、それがやがて得となって還って来る。望まなくても間違いなく還って来る。大我大欲による得は大きな財産となる。
 損して得とれ。何事も、良きも悪しきも、そのまま還って来る。
 徳を積むには人に逢わねばならない。人に接し、コミュニケーションをとる所から始めねばならない。家に引っ込んでいては何も進まない。
 徒に時が過ぎていく。限りある今生での命、明日は無いものと思い、今日、今、書を捨てて町に出よう。出会いを求めて町に出よう。  つづく。

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