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2008年2月 8日 (金)

vol.59 実行出来てこそ当り前

 至極当り前――当然の事が、実は、実に一番難しい事に気が付いてる人が、どれ程いるだろうか。当り前の事が簡単なのは頭脳丈だという事に気付いている人がどれ程いるだろうか。頭で直ぐ分かる、あれこれ謎解きの様に考えなくても直ぐ理解出来るから「簡単じゃないか」「当り前じゃないか」と、当り前を馬鹿にする人が多い。そういう人に限って当り前のどれ一つとして、出来ていないのである。そう、実行出来てこそ当り前なのである。
 実行出来ない当り前は無い。つまり、実行出来ない限り当り前であって当り前ではない、という事である。
「結婚したのだから妻を愛し続けなさい」と言われ「そんなの当り前じゃないか、あんたに言われる筋合はない」と、妻への愛を自信を以て喋る夫。そういう人に限って浮気をする。
 浮気は妻への裏切りである。何れ離婚となり、家庭家族喪失という大きな代償を払う事になる。極極、簡単な当り前を実行しなかった結果である。取り返しのつかない人生となる。
 世の夫諸君、決して驕ってはならない。愛する妻がいるから、金に代えられない、宝の子供がいるから、それが励みとなって働ける。生き甲斐が持てる。家族に感謝し、家族に感謝され、素晴らしい一日一日が過ごせる。決して驕ってはならない。何も偉い事ではない。極極当り前の事である。なのに当り前の事が出来ない人が多い。実に多い。そういう人は当り前の事を当り前だと馬鹿にする資格はない。
 馬鹿に馬鹿だと言う人と、馬鹿に馬鹿だと言われる人と、どちらが馬鹿か? ん? 兎に角、当り前を馬鹿にしてはいけないと言う事である。実行するのが一番難しいのも「当り前」であるという事だ。
 当り前に生きないと無理をする事になる。無理をすれば病に罹る。当り前に生きていれば病に罹らない。当り前に生きていれば人に騙されない。当り前に生きていれば人を騙す事もない。当り前に生きていれば心配事も悩み事もない。当り前とは自然の事である。
 当り前の事を当り前に生きる……その自然体が人に好かれ、愛される。
 キリキリカリカリしてる人間に、人は寄って来ない。川の流れの様にサラサラと、五月の薫風の様にソヨソヨと、たゆたう様に飄々と生きてゆければ、何と素晴らしい事か。当り前に生きる事の難しさ……だから素晴らしいのです。 つづく。

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