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2008年3月 5日 (水)

vol.62 人は何故動物を飼うのか

 人は人と出会い話す事に依って勉強し、成長する。色んな人に出会い、色んな事を教わる。人間は人と人との間――交流に依って人格が形成されていく。一人では決して成長しない。人間嫌い、孤独好きでは決して人格は形成されない。人が好きで好きで堪らない、という人程成長度が高いのは当然の事である。
 人は何故動物を飼うのか。動物を飼って異常に可愛がる人がいる。生来動物好きの人は、異常に可愛がる様な飼い方はしない。
 年々、ペットの異常な飼い方をする人が増えている。そういう人は人間よりもペットの方が好きなのだ。そういう人は人間よりペットの方が大事なのだ。自分の大事なペットの為なら人をも殺しかねない……正しく異常である。
 そもそもペットを飼いたがる人は自我の強い人が多い。ペットは自分の思い通りになる。自分に従ってくれる。自分を裏切らない。自分を王様に、女王様にしてくれる。自分のオモチャになってくれる。自我を傷付けず守ってくれる。非常に都合が良い。だから可愛い、愛せる、愛しくて愛しくて堪らない。
 そもそもペットを飼いたがる人は自我の弱い人が多い。人に自分の意思表示の出来ない、気の弱い人が多い。人に騙されてばかりいる人が多い。失恋ばかりしている人が多い。
 人の世は生き辛い、苦しい、疲れる。そんな時ペットの存在が助けて呉れる。その姿を、顔を見た瞬間、辛さが苦しさが疲れが吹っ飛ぶ、ペットに救われる。そして心を癒し、また世の中に飛び出していく。人とペットのとても良い関係が其処にある。と、思う人が多いだろう。確かにそれはそれで良いのだが、果してそれがベストであろうか……。決してベストではない。
 本当の愛は、本当の幸福は人と人との中に有るのである。人間不信は不幸である。人を好きになれない、人に好かれない――不幸である。だから、その不足を補う為にペットに愛を注ぎ、ペットに愛を貰い、其処から来る代理の幸福を得ても、それは何処までいっても代理である。真に深い愛ではない。幸福ではない。
 ペットと結婚は出来ない、ペットとの間に子供は出来ない。ペットに奇麗なキモノを着せても、人間ではない。ペットを幾ら苦おしいまで抱きしめても、真の喜びは生じない。
 決してペットの異常な飼い方をしてはならない。その人の成長が止まる。唯のエゴである。大事なのはペットではない、人間である。つづく。

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