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2008年4月30日 (水)

vol.67 幸福は今、手の中にある

 人生はドラマである。人生は感動である。感動のない人生は人間とは言えない。感動は人と人との触れ合いの中にある。そのコミュニケーションの中にある。
 物理の中にホンモノの感動はない。新築の家が建って嬉しいのは、感動ではない。その時だけの喜びである。住居に慣れると、もっと豪華な家が羨ましくなる。倒産の憂き目に遭うと、抵当に入れ、やがて失くして了う。
 事業に成功しても家庭を顧みないと妻も子も離れて了う。どんなに立派な家でも家族が憎しみ合っていたら、何の意味もない。
 荒屋(あばらや)で家族が犇(ひしめ)き合っていても、其処にコミュニケーションが有れば、温かい心が通じていれば、その家庭には何時も笑いがいっぱい、明るくて楽しい……幸福な家庭である。どんな豪邸よりも大邸宅である。
 物理の豊かさと、心の豊かさは必ずしも一致しない。物理の高さと人間の高さは必ずしも一致しない。否、寧ろ反比例する事の方が多い。一億円儲ければ二億円欲しくなる。二億円儲ければ五億円、五億儲ければ十億と、際限がない――何時も寒しい貧しい心である。安らぎのない不幸な人生である。
 人は誰しも幸福になりたいと思っている。幸福になろう、幸福になろうと不幸になっているのである。わざわざ不幸になっているのである。今ある現状を嘆き悲しんでいるのである。
 幸福は今、手の中にある事を知らなければならない。自分の欲と現実との差、そのギャップが不幸なのである。欲を小さくすればする程、そのギャップはなくなり、今直ぐにでも幸福になれる、今直ぐにである。
 生かされている事に感動し、歩ける事に感謝する。目が見える事に、耳が聴こえる事に、人と話が出来る事に、人の心に触れる事に、家族がいる事に、友がいる事に……生きている事に感謝する。それ以上何を求めると言うのか……。
 一人で生まれて来たんじゃない、一人で生きて来たんじゃない。何も求めなくても、今のままで幸福であるという事が分かれば、それ以上の出来事は全て喜びで、人の事も一生懸命考えて上げられる様になる。
 人を楽しくすれば自分も楽しくなる。人を喜ばせれば自分にも喜びがやって来る。その為には人が好きでなくてはならない。好き嫌いがある中は人間としてレベルが低い。自分に都合の良い人だけが好きだから、嫌いな人が生じるのである。その嫌いな部分は自分の中にある。 つづく。

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