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2008年8月 7日 (木)

vol.77 反省の強さと愛の深さが奇跡を

 電車と喧嘩をして九死に一生を得たSさんは、助かるには助かったが身体が元に戻らず、未だ若いのにトラックを運転する事も荷物を持つ事も出来ない。
 仕事復帰は絶望的であるという。これは何としても何とかせねば……。
 翌日、Sさんが若い奥さんと友人に連れられ私の元にやって来た。奥さんの胸には一才半になる子供が抱かれている。
 雑談が始まった。生い立ちから結婚までの経緯、事故の武勇伝、家族への想いを語るSさん。その口調は、とても好感の持てるものである。真面目で生きる事への真剣さ、誠実味が溢れている。奥さんも仲々の美人で、夫を見る眼が愛情の深さを物語っている。
 Sさんは妻の抱いた幼児を優しい目で見乍ら「この子を抱きたい、この子をこの腕に抱きたい。この手は、この腕は全く言う事を聞いて呉れません。肩も動いては呉れないのです」……Sさんも奥さんも友人も、その目に涙を溜めている。
 私の救済が始まった。私のその行動は“お祓い”と言って、その時丈私は神主となり、天の使いとして力を授かり、それを発揮する。
 怪我も病も本人に起因するものであるから、本人が治さなければならない。だが、その本人の反省度や、囲りの人の愛情度が深ければ深い程、強ければ強い程、治る確率も高くなる。治る資格も高くなる。其処に天の手助けが有る。天の恵みが有る。
 然し、反省の足りない人、救う価値のない人は、例え無理にお祓いをしても治らない。治る資格が無いのである。お医者さんとは違う。
 お医者さんは人を選ばない。善人であろうが悪人であろうが、仕事として施術を行う。
 天の“お祓い”は差別をする。
 Sさんは合格した。私の指がSさんの悪い所に触れる。擦る。Sさんが呻く。
 悪血が浮き出て来る。皮下出血である。悪い血である。相当悪い。
 休憩し乍らの一時間……。Sさんは脂汗をかき捲った。呻き捲った。終った。
 Sさんの目の前に、奥さんが恐る恐る抱いている子を差し出す。
 Sさんの両手がすっと出て子供を受け取った。落ちない。落とさない。子供は確(しっか)り両腕に乗っている。Sさんは子供を正面に持ち直し持ち上げた。「高い高い」と言い乍ら、何度も何度も頭上高く上げたり下げたり……。
 皆の愛がSさんとSさんの家族に奇跡をもたらした瞬間である。
 たった一回のお祓いであった。       つづく。

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