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2008年11月 5日 (水)

vol.87 奇異なる人生

 人は夫夫色んな人生を送る。愛情に包まれた、豊かな家庭に生まれた子はスクスクと育ち、その幸福を人に分かち、その優しさで人を幸福にする。皆、そういう人生を辿れれば良いのだが……。
 奇異な生まれをしたる者は奇異なる人生を辿る。
 飲む打つ買うの極道親父は十一才の少女を奉公に出す。親父の借金はどんどん増え、一家五人の生活と借金の為に、十五才になった娘は芸妓となり、景気の良い満州に渡った。
芸妓は売れっ子となり稼ぎに稼ぐが、極道が追い掛けて来て、先から先へと借りて行く。
 第二次大戦、勃発。料亭は偉い軍人さんで賑わった。花形芸妓は貴公子に見染められ、身籠もる。戦局悪化は満州の一般人には届かなかったが、料亭に来る軍人さんのヒソヒソ話で知った。敗戦は必至だ!と。
 貴公子の友人が腹の大きい芸妓を危険の迫る前に、日本に逃がした。この配慮がなかったら、その子は今、生きていても日本の言葉は語っていないだろう。
 貴公子は敗戦間際に参戦して来たソ連軍に捕まり、シベリアに投獄され、遂に日本の土を踏む事なく、獄死した。毒殺であった。
 芸者の子は私生児となり、敗戦の焦土の中、スクスクと明るく、いじけ乍ら育って行った。
 少年は殆ど学校に行かなかったが、何故か高校まで卒業出来た。学校には行かなかったが、孤児院や少年院には行った。其処の子達が好きだった。アルバイトをしては、お菓子や文具を買って持って行った。皆、喜んで呉れた。兄弟の様に仲良くして呉れた。凸凹道を見つけると、砂を運んで来て埋めた。大きな穴を見つけると、杭を打って囲いを作った。壊れそうな塀を見つけると、縄を張った。楽器を覚えると、工場に行って若い就労者達に聴かせた。
 ある夜、孤児院の子達が集団で私の部屋に駆け込んで来た。毎週遊びに行ってた少年が三週間も来ないので、逢いたくて逃げ出して来たのだ。
 翌朝、皆を孤児院に送って行った時、園長室に呼ばれた。
「中途半端な親切なら止めて下さい。あの子達は人に飢えているのです。下手な同情はあの子達を不幸にします。もう来ないで下さい」私は反省し深々と頭を下げた。
 貧しい少年は大学を断念し、一念発起、東京に上る。あらゆるアルバイトをし乍ら演劇の道に入り、二十三才で結婚。以後独立。夫婦でプロダクションを切り盛りし乍ら、役者、脚本、演出と手掛け順風の時代を送っていた――が。     つづく。

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