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2008年11月14日 (金)

vol.88 中途半端なボランティアは……

 或る日、夢枕に沢山の像が現われ、次から次と眉間を突き抜けた。
 十六年出来なかった子供を授かる。医学的には子供を産めない妻であった。
 天啓を享けたらしい。以後、正業を人に任せ救済活動に走る。
 初めは病。指で擦る丈で奇跡が次から次と実現。その謎を追求する中、ファンも増え「コミュニティクラブ自然会」が誕生した。
 そんな中、小学二年に成った息子がTVを見ていて泣き出した。画面は灰の降る中、ヘルメットを被り、マスクをして仮設校舎に向かう小学生を映し出していた。
 噴煙上げる山を凝っと見つめる児童を、茶の間で眼を真赤にし乍ら見つめる子。その子は「僕の貯金を全部持って行く」と言う。その親も会員を引き連れ、息子と共に山に向かった。これは、その後に日本列島に次々と起こる、大災害の幕開けであった。
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 長崎は島原、雲仙普賢岳。現地はTVの画面で見た印象より遥かに酷い、筆舌では尽くし難い惨状である。我々は立入禁止の、間断なく溢れる火砕流を横に見乍ら山を登って行った。この被害を肌で感じる為に登った。そして、その被災の中心地を目の当たりにした時、その怖ろしさに我々は茫然と立ち尽くして了った……。後にお叱りを戴いたのは当然の事である。此の日から自然会の雲仙島原復興支援が始まった。十年に及ぶ、長い長い活動のスタートであった。
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 島原の傷みと苦しみは、男とその仲間のものとなった。
 今、何をすべきか――試行錯誤の中、連日被災者の分宿先を訪ね、励まし、慰安会を催し、時は過ぎて行った。ホテルでの親子クリスマス会は年々参加者が増え、男と仲間の財産は減り続けて行った。普賢は一向に鳴り止まない。
 ホンの一週間、長くても一ヵ月の積りで行った島原。現地に立った男は愕然とした。そんなものでは済まない、済む訳がない。せめて火砕流が止んで、被災者達が自分の土地に戻れる迄、否、戻ってからも後、被災前の状態に復活する迄、援助しなければ助けに来た事にはならない。中途半端なボランティアならしない方が良い、決して被災者の為にはならない。
 男は少年時代に叱られた孤児院の園長さんの顔を思い出していた。「もう来ないで下さい」と言われた厳しい言葉を思い出していた……。    つづく

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