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2008年12月 4日 (木)

vol.89 普賢は鳴り止まない

 普賢の火砕流は何時止むのか……。地質学者や地震学者が幾ら調査や研究を重ねても、その終息を予測する事が出来ない。被災者が自分の土地や家に帰れるのは一体何時の日か……。仮設住宅に犇き合って暮らす家族の絶望に近い不安が、来る日も来る日も来る年も来る年も続く。
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 本腰の入った男とその仲間は、町の外れにビルを借り「復興ビル」と名付け、復興の為の「コミュニティサロン」とした。一階がサロン、二階が研修室、三階が宿泊も出来る休憩室。
 このビルは二十四時間営業で、復興に関する会合、慰安、研修は全て無料、経費は自然会持ち。常駐のスタッフを置き、復興ビルは日夜雲仙、島原の人達の為に、その終息の日迄働き続けたのである。

 被災前まで大きな家に住んでいた人達は、狭い部屋で肌を寄せ合って生きていく中で、その影響が二つに別れて行った。
 今迄コミュニケーションの少なかった家庭は話す事が多くなり、家族間の誤解が解け、お互いの良さを発見し、愛が深まり絆を強めていった。
 逆に、お互いの厭な所が噴出し、顔も見たくなくなり、口も利かなくなった家族も多くなっていった。部屋が狭く逃げ込む場所もない。このまま行けば家族分裂、家庭の崩壊は目の前である。壊れた家庭、荒んだ心の復興は、橋や道路や家屋の復興とは比べ様もない程難しい。
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 男とその仲間は被災者の仮設住宅を訪ね、家族、家族の一人一人の中に深く深く入り込んでいった。他人事ではない、我が事として入り込んでいった。
 然し、被災者はその奉仕を始めから素直に受け容れた訳ではなかった。此の連中には何か目的がある。魂胆がある。只の優しさでこんな事が出来る訳がない。魂胆がある筈だ。宗教か?右翼?何かを売り付ける気か?……。
 自分ならこんな事はしない。否、出来ないと思う人は、他人もそうだと思い疑念を抱くものである。だが、それも無理からぬ事である。現に被災者を食いものにしようとする輩が現われては消えて行ったのである。見返りを求めない、ホンモノの奉仕に落胆はない。めげる事がない。いつしか、疑り深い人達も次第に心を開き、何でも相談して呉れる様になって行った。普賢は鳴り止まない……。 つづく。

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