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2009年2月 2日 (月)

vol.94 メッセージ3 父、母は素晴らしい存在である

 物事には必ず始めが有り、終りが有る。命にも必ず始めが有り、終りが有る。その始めから終り迄を、人生と言う。その人生に同じものは無い。良く似ていても、決して同じものでは無い。
 同じ表現をしても深さが違う、感性が違う、味が違う。だから、人は面白い。だから人生は面白い。
 人生が短い人も長い人も、人生は人生。望もうが望むまいが、生まれて来た限り死がやって来る。人は死ぬ為に生まれて来たのである。短かろうが長かろうが、その人生を大切に生きねばならない。
 人の値打は、その人生を何う生きたかで決まる。その結果は死に様に証明される。良き死に様は、悪き死に様は、良き生き方と悪しき生き方の結果である。人は皆、良き死に様で終らなければならない。気付けば、反省すれば、遅過ぎるという事は無い。必ず幸福になれる。
 人は皆、父と母を選び、其処に宿り、やがて今世に誕生する。その子にとって、その父と母でなければならぬ理由を持って此の世に産声を発す。良き親であれ悪き親であれ、その親で勉強する為に生まれて来るのだ。
「何故、こんな非道い親の元に生まれて来なければならないんだ」「生まれて来るんじゃなかった」「いっそ死んで了い度い」「何故こんな目に遭わなければならないのだ」「殺してやり度い」と、怒り嘆いてはならない。その親でなければならない事に気付かねばならない。
 宿題をやらなかったら、その分学業が遅れ、後に苦労する事になる。前生で学業(人生)を疎かにした人は、その分、今生で苦労するのは当り前の事である。その子の父母は、自分の前生の姿である、と思えば怒りは消える。怒るなら自分を怒るしかないからである。
 父母は自分の前生であり、反面教師でもある。気付かせて呉れる、素晴らしい存在なのである。感謝しなければならない。
「何て素的な親なんだろう。こんな親の元に生まれて、何て幸福なんだろう!」…その親はその子の前生の姿である。きちんと宿題をやって、御褒美を貰って今世に誕生して来たのである。当然の事である。
 良きも悪しきも当然の事である。何れも感謝しなければならない。感謝しなければ良きも悪しきも、やがて、その人生は宿題を忘れ、苦労する事になる。
「生まれて来た丈で、産んで呉れた丈で大儲け」と言える人が沢山居る。その通り、どんな条件であれ、生まれて来ない限り、勉強する事も出来ない。
 その子は、やがて親の元から飛び立ち……やがて、一生の伴侶と出合う。   つづく。

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