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2009年2月 4日 (水)

vol.96 メッセージ5 求めなく、与える事の人生――黄金に輝く

 若くして、宝の子を授かった父・母は、人間として未だ未だ未熟な中に子育てが始まる。ああでもない、こうでもないと迷ったり、戸惑ったりし乍ら、その経験の中から色んな事を学び、その子も、父母も共に成長して行く。家庭の教育とは、共に育つ事である。共育である。
 父・母は子供に軽蔑される様な生き方をしてはならない。其処に育った子は、父母を尊敬し、父母に憧れ、父母に追いつき、追い越せる人間にならなければならない。我が子が立派になる為には、父・母自らが立派である事が絶対の条件である。自分達が良い見本手本になれずに、子供に立派になれという身勝手な親が多い。だが、それでも、そんな悪条件でも立派になる子もいる。困難と悪条件を乗り越え、それをバネにして、克服して立派に成長する人もいる。鳶が鷹を生んだ例えにもある。
 親が子供に軽蔑され、軽視されるという事は、親失格を意味する。人間失格を意味する。子供に尊敬されない親は、子供に愛されない親は親ではない、親とは呼べない。大きな態度で親面をしてはならない。恥じて、反省して、人間として魅力のある生き方をする様、努力しなければならない。さすれば、子供の不信感は去り、愛される親に成れるだろう。そうならなければ生きている意味も無い。
 親の深い愛に包まれ、スクスクと育った子は、暖かい心と清い心に溢れている。人を思い遣る心と、人への感謝の心、人を愛する気持が全身に溢れ、その全てを自然に、無理なく駆使する事が出来る。親の手柄である。本人の手柄である。それ以上の成功はない。天晴である。
 人は俗っぽい競争心や名誉欲を少なくしなければならない。捨てなければならない。
 人は食欲、性欲、物欲を少なくしなければならない。必要以上のモノを求めると不幸に陥る。病が待っている。憎悪が待っている。破局が、地獄が待っている。
 求めなければ落胆はない。病もない、憎悪もない、破局も地獄も無縁である。
 求めなければ何時も平穏でいられる。焦燥感に苛まれる事も絶望する事もない。
 求めなければ、与える事が出来る。与える事しか残らない。与える事しかなければ、結果は喜びしかない。喜びに満ち溢れた毎日を送る事が出来る。
 求めなく与える事の出来る人生。それは人間の最高の目的、究極の幸福、本当の、ホンモノの生きる道である。
       その人生は、黄金に輝く――
         ホンモノの王道である。    つづく。

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