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2009年3月 3日 (火)

vol.98 真の平和を齎す原点は……

 人は皆、此の世に修業をする為に生まれて来る。完璧な人間なんて存在しない。人は皆、愚かが故に今生に修業に来ているのである。今世に居る人間は皆、五十歩百歩である。
 人は皆、何処かで戦っている。国と国との戦いがなければ、国内同志で戦っている。国内同志で戦わなければ家族同志で戦っている。夫が妻を妻が夫を、親が子を子が親を殺し合う。
 家族同志が戦わなければ、己同志が戦っている。己の中に敵がいて、負けたら己に殺される。自殺である。此の自殺が最悪の戦争である。絶対に殺してはならないのは己自身である。最大の罪である。
 天は此の世で修業させる為に生を与える。その大事な生を自ら絶つ事は絶対に許されない。
 自殺する者の来世は、罰として惨めな状態から出発する。自ら死ぬ事の出来ない、不具の状態から出発するのである。
 目が見える事や、耳が聴こえる事、喋れる事や歩ける事に感謝を忘れ、自らの命を絶つ恩知らずは、その素晴らしさの有難味を身を以て知る為に罰を受ける。自分の身体が自由に機能しない状態で生まれ、死ぬ事も出来ず、その寿命を全うしなければならない。
 人は人を決して傷つけてはならない
 人は己を決して傷つけてはならない
 人間という動物は何うしても競い戦いたがる、困った動物である。戦争の無い時代は嘗て一度もない。地球の何処かで、何処かと何処かが必ず戦っている。
 自分の国に害はないのに、他の国にわざわざ戦いに行く国もある。物理欲の為せる業である。征服欲の為せる業である。
 天が、神が平和を齎す事は絶対にない。救世主は人間誕生以来、どの時代にも、どの場所にも現れた事もなく、今後も現れない。救世主が世を平定するというのは、それを熱望する人達の幻覚である。
 天は自然の摂理であって、人間社会を支配するものではない。真の平和を齎す原点は、個である。個人個人が、先ず己の欲を削り、捨て、人への愛を育む事から始めねばならない。その育まれた個と個が手を組み、その輪を広げて行けば、やがてその輪は、大きな愛の炎となって地球を包み込む――長い長い道程を確実に一歩一歩進む事に依って、地球という星が愛の楽園となる。   つづく。

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