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2009年11月15日 (日)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

2. 川辺川の水面が気が遠くなる程下に有り……
 昭和六十年四月初旬、私の熊本行きが実現した。
 肥薩線は八代から急流の球磨川沿いに登り、線路の両脇には、満開の桜が旅人の目を和ませて呉れる。実に閑かな風景の中、約一時間で人吉に着く。
 結構大きな温泉町である。これから愈々、山奥へ乗り込みである。
 バスは一時間に一本位しか出ていないらしい。気が急くのでタクシーに乗る。タクシーは球磨川の支流、川辺川を左横目に見乍ら北上して行く。山々の若い植林の黄緑が、眩しい位に映えて閑かさを一層閑かにする。
 此の山道は、これでも国道かと思う位狭く、舗装もお粗末である。勿論、ガードレールも無く、ハンドルを少しでも切り損ねりゃ、先仭の谷に真逆様である。
 道巾が極端に狭く、然も道がくねくねと曲がって居る所に差し掛かる。車窓から下を見ると、川辺川の水面が気が遠くなる程下にあり、ぞーっとする。
 運転手さんが「此の辺は、別名地獄谷と云うんですよ」これ又、ぞーっ。
「お客さんは作家の先生かね。それとも新聞記者?」
「う~ん。当らずとも遠からず、ま、そんな偉いもんじゃなくて、単なる旅人ですよ」
「へえー。最近はマスコミの人が良く来るんですよ。沈む段になって人が一杯来るなんて、皮肉なもんですよね」タクシーはどんどん山奥に向かって行く。
 途中、幾つかの集落を通過する。
「お客さん、あそこに見える部落はもう誰も住んでないですわ。皆、人吉や他の県に移住して藻抜(もぬけ)の殻(から)です」「あ、お客さん。あの木造の建物、分校ですよ。あれも廃校となって、誰も居ません」と、その都度運転手さんが説明して呉れる。
「へえー、こんな所迄沈んじゃうの」
「そうです。二十キロ近くになるんじゃないですか」
 川辺川ダムの規模の大きさが伺い知れ、空怖しくなって来る。
「今、走ってる此の道路も沈んじゃいます」
「えー、この道も沈んじゃうの」
「右手の上の方に今、新しい広い道路を造ってます」

                つづく。

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