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2009年11月16日 (月)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

3. その名も「五木荘」は川の畔に佇っていた
 春の陽射しをいっぱい受けて、閑かな、ぽかぽか風景の中、淋しい村に向かってタクシーは走る。約五十分、五木村の中心、頭地(とうじ)に着く。
 私の予約した旅館は頭地の入口(とばぐち)に在った。私の予想に反し、その名も「五木荘」は、小ざっぱりした綺麗な、別荘風の建物である。
 庭には、たんぽぽがいっぱい咲いていて、その庭先がその侭(まま)川辺川の畔になっている。川辺に佇つ山荘、といった風情である。
「御免下さい」ひと間有って、
「はーい」左手の帳場と思われる方から、低い、凄味(どす)の利いた声。
 徐(おもむろ)に、恰幅(かっぷく)の良い五十搦(がら)みの男の人が出て来た。
 昔の武士を思わせる、威風堂々の、頑固そうな人である。声と風体が一致している。間違いなく、此処の主人だ。
「どちらさん?」
「予約の東ですが」 別に睨(ね)め付けている訳ではないが、眼光が鋭く、観察されている様な気分になり、思わず居竦(いすく)んで了う。体格といい、面立ちといい、その態度といい、武道家を思わせる威厳がある。
 一瞬、昔良く観た映画のシーンを思い出した。剣客が道場を訪れ、
「たのもー!」と云うと、偉そうな稽古着姿の男が、
「どーれ」と云って出て来る、あの懐しのシーンである。
「そりゃ、どうも。おーい! 東さんが見えたぞ」と奥の方に声を掛け、スタスタと帳場の方に戻って行って了った。直ぐ、此処の奥さんらしい人と、従業員風のこれ亦、年配の女性が出て来て、
「いらっしゃいませ」「どうぞお上り下さい」と、挨拶して呉れる。別段愛想が良い訳でも悪い訳でもなく、緊張がある訳でも弛(たる)んでる訳でもなく、何とも妙な人達である。普段のまんま接してると云うのか、兎に角、妙に親しみ易さと安堵感を感じさせて呉れる人達である。
 此処の主人にしても、一瞬緊張したが、後味は悪くない。と云うより寧ろ、ほっとした様な……関所を無事通過した様な気分とでも云おうか――。
    つづく。

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