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2009年11月18日 (水)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

 それではと、酒を飲む代わりに歌を所望する。「五木の子守唄」である。
 下手でも良ければと、咳払い一発――唄い出した。
 吃驚(びっくり)である。違う。全然違う。私が覚えた、巷に流れている五木の子守唄とは、全く違うのである。凄くスローで、一語一語が長い。お~ど~ま~、い~や~い~や、といった具合である。それに節がこれ又、全然違う。全く別の曲である。御詠歌に似た単調なメロディの中に、何処か烈しい、怒りにも似た、血の噴き出る様な戦慄を感じる歌である。
 子守唄というのは童謡に似ていて、赤ん坊を宥(あ)やしたり眠らせる為に作られたものだ、という私の認識は見事に覆(くつがえ)された。切々とした哀調の中に、地の底から地上に向けて唸(うな)っている様な、不気味ささえ感じられる。こんな歌を唄って、本当に赤ん坊は安らかに眠ったのだろうか……。歌詞がまた歌詞で、聞いている者を矢鱈哀しくさせる。遣り切れなくさせる。
 
 三番唄って、彼女は溜息を吐いた。私も溜息を吐いた。
 細い、澄んだ、素直な声であった。聴いて良かったと思った。
 哀しさは残り、遣り切れなさは去って行く。
 入れ替りに妙な安堵感が私を包む。不思議な歌である。
 彼女の歌は見事であった。上手かった。
 確りポケットテープレコーダーに録られているのを、彼女は知らない。
 彼女が部屋を出て行った後、何度も聴き返し乍らの酒は旨かった。
 しんみりと呑む酒も、仲々のものである。

 午後九時。私は澄んだ夜空の下、星の煌(きらめ)きを眺め乍ら、頭地の中心部に向かって歩いていた。
 辺りは真暗である。これが曇り空なら、懐中電灯で足元を照らさなければ、一歩も前へ進めないだろう。
 道の両側にある民家は、人の気配もしない。
 寝静まって居るのだろうか。
 灯りも洩れて来ない……         

                つづく。

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