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2009年11月19日 (木)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

5. “球磨弁まったし”を聞き乍らの酒は旨い
 まるで、此の村は死んでいる様である。対照的に天体はやけに青く、星は豪華に光り輝き、メルヘンチックである。地球上の生物が絶滅して、私一人が取り残された様な気分になる。そうかと思うと、地球上の全ての物を私が所有した様な気分にもなる。淋しい様な、愉しい様な、妙な異次元空間である。
 暫く行くと道は二つに岐れている。旅館で教わった通りに、左側に進路をとる。四、五十メートル先に灯りが見える。暗闇の中に一軒丈、灯りが点っている。お目当ての食堂兼喫茶兼スナックの“五木”である。此の村で唯一の夜間営業の店だ。
 五、六年前には、ダム建設賛成派、つまり、離村希望者の懐を当てにして、三軒程スナック専門店が出来たらしい。スナックは、連日持ち馴れない大金(立ち退き補償金)を手にした村民達で賑わい、その人達が離村して行くと共に消えたと云う。此の“五木”は、唯一の地元の人の経営に依る、従来の店である。
 ガラガラと硝子戸を開ける。一斉に、店内の人の眼が私を襲う。沈黙。中に居る五人の眼が私を観察している。入って良いのか悪いのか、判断がつかない。
「宜(よろ)しいでしょうか」此処の主人と思われる年配の男が、用心深い表情で
「どうぞ」と答える。恐る恐る中に入り、戸を閉める。
 七、八坪の店内の正面がカウンター、左側に座敷、右側がテーブルになっている。テーブルに客が三人屯(たむろ)している。カウンターに坐った私に、マスターの奥さんらしい人が
「何します」と、愛想良くも悪くもない声で聞いて呉れる。
「お酒、熱燗で下さい」
 三人の客とマスターが話し出す。予期せぬ闖入(ちんにゅう)者に雰囲気を壊されたという態であったが、段々四人の話が乗ってくる。「馬鹿」だとか「うるさい」とか、乱暴な言葉が飛び交うが、別に喧嘩をしてる訳じゃない。会話を楽しんでいるのが雰囲気で分かる。
 所が、話の内容がさっぱり分からない。分からないが聞いていて何故か楽しい。面白い。此の“球磨弁まったし”(地元の言葉ばっかり)を聞き乍らの酒は、実に旨い。下手な音楽を聴くよりは、遥かに耳触り良く、心も和む。   つづく。

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