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2009年11月26日 (木)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

9. 何としても此処で生きる道を探さなきゃ……
 風呂から上がって、玄関の小さなロビーの椅子に腰を下ろし、煙草を燻らせ乍ら外の風景に目をやる。静かにゆっくりと、澱みなく流れる川、優雅に流れる此の営みも、人間の手に依り、その節度を乱されるのか……。
「東さん。今日は何処へ行かれましたか?」旅館の御主人田山さんが、私の前の椅子に腰掛ける。
「ハイ。村を見て回って来ました。山の高台から見下ろす五木村は絶景でした。此の村が、やがて沈むとは……思い度くないです」
「東さんは五木村に来て感傷的になって居られるが、二日間で私等此の村に住む者の気持が解りますか?」静かで優しい口調だが、どっしりと重みが有って、私の胸を刺す。
「新聞記者やTV局の人が良く取材に来られるが、東さんもそういう?」
「いいえ。でも、何(いず)れ何かに此の村の事を顕(あら)わし度いと思います」
「ふむ……。私等此処に生まれ育った者にとって、此処が生命なんですよ。此処が全てなんだ。ダム計画に依って無茶苦茶にされて了った。然し、此処で生きて行かなきゃならない。此処から離れて生きて行く事は出来ないですよ。離れて行った者は、今、それを思い知らされて居るでしょう……。
 何としても此処で生きる道を探さなきゃならない。私等は感傷的になる余裕すら無いですよ、誰も助けて呉れない。東京やら色んな所から人が来るが、感傷的になって帰って行く丈で、何かして呉れる訳でもない。私等は、自分で活路を見出さなければならんのです。分かりますか?」
「ハイ……」

 住む土地を追われる者の心情、住んでは居ても生活の成り立たない窮状を想うと、胸が痛くなる。どんなに私の胸が痛くなろうが、当事者の心が軽くなる訳ではない。五木村の人達の心は私の想像よりも遥かに遥かに沈んでいた。
 翌日、私は早々と逃げる様に東京に帰った。今の自分じゃ……田山さんと本当の友達になるには、私自身が何かをしなけりゃ……  
                     つづく。

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