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2009年11月28日 (土)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

11. 教師達は急に英語を喋り出した
 昭和二十年、八月。休暇で五木に戻っていた田山少年は、自宅で玉音放送を聴いた。敗戦。
 夜を徹して歩き、人吉の学校に戻った。
 一体、日本はどうなるのであろうか。進駐軍がどんどん乗り込んで来る。アメリカ人の体格の大きいのに眼を丸くした。
 学校の教師達は、掌(てのひら)を返す様に、急に英語を喋り出す。何て事だ。これが人間なのか。教師の豹変ぶりに、学校に愛想を尽かした田山少年は、生甲斐を失くし、どんどん孤立して行った。
 そんな或る日、少年に大きな変化が起きた。一人でブラブラ、目標(あて)もなく人吉の町を歩いていた少年の眼に、映画の看板が入って来た。暇を持て余していた少年は、何とはなく映画館に入った。
 暗闇の中に映し出されるスクリーンに、虚(うつ)ろな眼を開けていた少年は、展開されるドラマに、其処に繰り拡げられる人生模様に、次第に釣り込まれて行った。段々夢中になる。次はどうなるのだ? こうすれば良いのに、ああ、やっぱり。良かった。と、時間と我を忘れスクリーンに見入った。魅せられた。言い知れぬ感動に少年は打ち震えた。
 こういう経験は初めてである。たった二時間足らずの世界である。その世界で人間が決断し、解決して行く。
 何と素晴らしい世界であろうか。人生の色んなエキスが集約され、凝縮されている。 
 美事な世界である。洋画・邦画を問わず、片っ端から貪(むさぼ)り観た。
 人吉に作品が来ない時は、鈍行列車で八代迄観に行った。
 少年は生甲斐を持った。中学から高校と、少年の頭は映画が占領した。

 朝鮮戦争勃発に依る特需で、日本が復興の活気に湧いている時、高校を卒業した田山少年は東京行きを決意した。映画の世界に入る為である。
 兄二人が家業を継がず、サラリーマンの道を選んだので、父は此の三男坊に望みを託していた。
 父のがっかりする顔を想像すると、とても本当の事は云えない。
 長男が東京に就職していたので、其処に寄宿し、暫く友人の紹介の所で働き、社会勉強をして帰って来る……と説明して、親を納得させ上京に成功した。 
         つづく。
 

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