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2009年11月21日 (土)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

7. 出て行く者も居残る者も前途は暗い
 昭和四十一年(1966)に、建設省が川辺川ダム建設計画を発表すると、五木村は火の付いた様な騒ぎになった。何と、此の計画に依ると、水没地帯は五木村二百四十五ヘクタール、五百世帯、隣村の相良村六十ヘクタール、六十世帯と、五木村が殆どを占める。然も、中心部そっくりが湖底に沈むというのだから、平静で居られる訳がない。住む所も働く場所も、何もかも消滅して了うのである。
 村民・村議会、全員一致で反対を決議するが、国も強者(さるもの)、色んな揺さ振りを掛けて来る。村民達も意見が別れ出す。土地を持たない者を中心とした賛成派、条件に依ってはの条件派、地権者を中心とした何が何でも阻止の反対派と、村は分断されて行く。昨日迄仲の良かった友とは、口も利かなくなる。平和だった村は、内外に於いて、人間闘争の場と化して行く。夫々の思惑と人間不信……
 昭和五十九年の闘争終結に到る迄の十八年間に、村の人達の心は荒み、団結を失い、バラバラになって行った。村全体を想う心より、自我を主張する心の方が強くなって行った。金の力に揺さ振られたのである。
 
 此処のマスター達は、その口振りから、どうやら条件派だった様である。村が沈んだ後、代替地に移ってからの、新しい五木村建設に夢を馳(は)せている。飽(あ)くまで他所の地に生活を求めず、居残る積りらしい。
 居残って生計を立てるのは、その収入源に於いて、可成り困難である。
 出て行く者も居残る者も――前途は暗い。最後まで抵抗した反対派も、その旗を降ろした今、皆、虚無感に包まれている様だ。結局、村全体がダムの犠牲になって了ったのである。
 
 マスター達に色んな話を聞き乍ら、私の心も、此の沈み行く村の様に沈んで行った。
 私の泊っている五木荘の主人、田山久郎さんが反対派の親分だったと聞いて、吃驚した。そして、あの頑健な風格を思い出し“さもありなん”と、納得した。
 その夜の酒は矢鱈と苦く、不思議と酔えなかった。
                       つづく。

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