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2009年11月14日 (土)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――


1. あの五木村が湖底に沈む
   ♪おどまぼんぎり ぼんぎり
    ぼんからさきゃ おらんと
    ぼんがはよくりゃ はよもどる♪
 此の独特な哀調を持った「五木の子守唄」を、知らない人は少ないだろう。私自身、何時覚えて何時口吟(くちずさ)んだのかは記憶にないが、とても大事なものとして、心の中に保存していた様な気がする。詩の内容もよく解らず、五木がどの県の何処に位置しているのかも知らず、自然に覚え、何気なく口を吐(つ)いて出て来る此の唄…。
 此の唄を口吟んでいると、何とも云えない郷愁を憶(おぼ)えると共に、心が洗われる様な、童心に帰って行く様な気分になれる。不思議な魅力を持った唄である。
「五木の子守唄」は単に或る地方の古里の保存曲ではなく、我々人間の、夫々の心の故郷を想い起こす曲ではないか、と私は思う。
 此の子守唄が全国に知れ渡ったのは、昭和二十五年頃だと云う。俳優の森繁久弥さんが此の唄を知った時、得体の知れない感動を覚え、日本中の人に教えたいと思ったらしい。それを聞いた映画監督が、映画の中で俳優に唄わせた処、あっという間に巷のあちこちで此の唄が歌われ出したと云う。何百年も歌われ続けて来た様な、そんな歴史を持っていて当然の、重厚さと素朴さと懐しさを持った唄である。
 昭和五十九年の夏頃だったと思う。テレビで五木村沈没の報を知った。大規模なダム建設の為に、あの五木村がそっくり湖底に沈む、と云うのだ。私は息をするのも忘れ画面に見入った。何とも云えない衝撃であった。人間が人間である事を否定された様な、死を宣告された様な……遣(や)り切れない寂しさと、どうする事も出来ない焦燥感に怖われた。日本国そのものが失くなって了うに等しい行為である。
 自然破壊が到頭、此処迄来て了った。
 人間が人間自身を亡して行く自殺行為……愚かしい事である。

 沈む前に五木村を見届けねばならぬ。
 五木村を此の眼に焼き付けて置かねばならぬ。
 肚の底から湧いて来る怒りを抑え乍ら、私はそう決心した。
  五木へ――      
              明日へつづく。

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