« 隆明の小言・戯言・独言(こごと・ざれごと・ひとりごと) | トップページ | 五木の子守唄 »

2009年11月13日 (金)

ふるさと…考現学

 ふるさと、ふる里、故郷(ふるさと)…皆、ふるさと
 人には皆“ふるさと”が有る。生まれ、育った所が“ふる里”である。やがて人は成長し、育った所から翔び立ち、新しき土地に居を構える。第二の“ふる里”である。
 人は時々、第一のふるさとを思い出す。ふる里の山や川、親や兄弟、友……懐かしさに胸を焦がし、その恩に感謝の念が湧いて来る。頑張ろう!と思う。
 故郷に想いを馳せる時、人は原点に戻り、勇気が湧いて来る。
 生まれてから其処に育ち、子を生(な)し、その子等を育て、やがて来世に旅立って行く……代々そうであった様に。其処もその人にとって“ふるさと”である。生まれ育った所がふる里である。居乍らにして、代々在住の故郷である。
 
 人はふる里に育てられ、ふる里は無くてはならない大事なものである。
 命である。宝である。

 今、日本は“ダム”の有無に揺れている。果して、ダムは必要なのか、否か。
 この問題は、この騒動は、五十年以上も前から続いており、八ッ場ダムや川辺川ダムは、建設途上で工事は中断されている現状である。そんな工事半ばのダムは沢山有る。

 政府は、その村の土地を買収し、人々をふる里から追いやり、無人化した村は、水に沈まず、水も来ない、唯々荒廃して行く丈である。ふる里を追われた人々は、そのふる里の姿を見て、どんな思いでいるだろう……

 川辺川ダム建設は、子守唄で有名な五木村を丸ごと湖底に沈めて了う工事である。
 当時、五木村を守ろうと必死に戦った気骨の人に傾倒した私は、その人を訪ね、その人の事を『TATUJIN』という本の中に著した。
 “ふるさと”とは何か、“生きる”とは何かを考える時、参考にして欲しい思いで、その人の半生記を明日から連載したいと思う。
 乞う、御期待!
              明日へ、つづく。

|

« 隆明の小言・戯言・独言(こごと・ざれごと・ひとりごと) | トップページ | 五木の子守唄 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/204637/46752206

この記事へのトラックバック一覧です: ふるさと…考現学:

« 隆明の小言・戯言・独言(こごと・ざれごと・ひとりごと) | トップページ | 五木の子守唄 »