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2009年12月14日 (月)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

24. 失くして来たものを取り戻さなければ
 ダム建設は自然を破壊する丈ではなく、人の生活を、人の和を、人の心をも破壊する。
 
 昭和二十年(1945)、敗戦国となった日本は、焼跡の焦土の中から懸命に立ち上がった。そして、奇蹟とも云うべき復興を成して行ったのである。
 その復興振りは、世界の人からエコノミックアニマルと仇名を付けられる程、凄まじいものであった。
 その成果は、日本を世界第二位の経済大国にまで押し上げた。然し、その反面、失(な)くしたものも大きいのである。否、失くしたものの方が大きい。我々人間にとって一番なものである。

 物理の豊かさに酔っている日本人、それを幸福と勘違いしている日本人。今に、今に、大きな打撃を被(こうむ)る事になるだろう……。
 天の、自然の大反撃が音を立てて近付いて来ているのである。
 我々は、失くして来たものを早急に取り戻さなければならない。
 真の、人と人との和を、共存共栄の素晴らしさを、思いやりを、愛する事の素晴らしさと愛される事の幸福を、自然に抱かれている事への感謝を――
 我々は取り戻さなければならない!!



 ※此処までの五木村に関する記載は、平成元年(1989)に私の出版した「TATUJIN」からの抜萃である。



 平成二十一年(2009)十二月現在。TATUJINから二十年、
 私の恐れていた、予想通りの奈落へと、日本は真っしぐらに、真っ逆さまに突き落ちて来た。
 物理の豊かさに溺れた日本は、そのバブルの崩壊と共に、地獄の底へと向かっているのである。
 今、何をすべきか。必要もないゴルフ場建設や、無駄なダム建設、人も通らぬ道路工事等をしている場合ではない。
「五木の子守唄」の奥に潜む哀しみや儚さを、歌詞の紹介と解説を通して、人間の原点、ふるさとの重要性を再認識して頂く為に
 子守唄由来の項へと――――つづく。

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