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2009年12月 7日 (月)

五木の子守唄

――沈没阻止に人生を賭けた人――

17. 村はダム計画に乗って了った
 戦前は大雨でも濁らなかった川辺川なのに、何故こうも直ぐに土色の濁流になって了うのか。村人が気付いた時は遅かったのである。天の裁きを受けたのである。
 林業や炭焼きに依る生計が頭打ちになっている折から、追い討ちを掛ける様な三年連続の大水害。村人達はへとへとに弱り切っていた。其処へ待っていたかの様に、ダム計画が持ち上がった。
 国が村人を口説くのに努力は要らなかった。ダムが出来りゃ水害も防げる。生計も貧しく家も倒壊し、弱り切っていた人達には、渡りに舟である。ダム計画が無くても、村を棄て他の地に移住しようとしていた人が、少なくはなかった。
「ダムが出来りゃ、補償金が何千万と入り、裕福になる。当時、誰もがそんなバラ色の夢を描いたですよ」
 前回のダム計画への対応とは、大違いであった。村は、村議会で一応反対決議して、建設省を牽制(けんせい)する一方、各分野の代表を集め、村長を委員長とするダム対策委員会を発足。立退きに関する補償や、水没後の村の再建、振興策を検討した。成可(なるべ)く沢山、補償や再興援助金を出させ様とする会である。村はダム計画に乗って了ったのである。

「ダムと云っても、それがどういう物なのか、金丈が頭にチラついて訳が分からなかった。莫迦(ばか)な話です」
 自嘲(じちょう)気味に顔を歪(ゆが)める田山さん。
 五木村の人達丈ではない、誰でも金の力には弱い。
 全国のあちこちでダムが建設されて行ったが、どんなに地元の人が反対しようが、結局は金という魔力に敗けて、立ち退いて了うのである。
 そして、必ず後悔する。金に幸福を売って了った事に気付くのである。

 川辺川ダム建設計画がどんどん進む中、村もその対応策に大わらわであった。
 そんな或る日、一つの事件が起きた。
「何か、人の声がした様な気がして庭の方を見ると、何人か動き回っているのが見えたんです。良く見てみると、何と、測量をやってるじゃないですか。いやー、驚きましたね」   
                  つづく。

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