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2010年1月13日 (水)

肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 2

2. 絵から抜け出て絵に戻る美人?

 草津は四季を通じて楽しめる所である。冬はスキー客でも賑わい、露天風呂での雪見酒は格別である。雪が融けて春ともなれば風も爽やか、昼間は随所随所にある名勝名跡を訪ねてウォッチング、夜は浴衣姿で、下駄をカラコロ鳴らし乍ら温泉街を散歩。
 湯畑が街の中心に在り、湯煙がモクモクと、温泉情緒タップリである。
 夏は涼しく家族連れが目立つ。湯畑で行われる祭りは、盆踊りも有って、地元の人も観光客も一緒になって楽しむ。標高二一六ニメートルの白根山に登って、見下す下界も絶景である。
 秋は紅葉が美事である。山という山一面に、真紅(まっか)な葉が旅人の目を楽しませる。温泉街の人達は素朴で、言葉遣いは荒いが気は優しい。一度行けば誰もが止み惹きになる――日本一の温泉郷である。
 私が四十余年も通い続けてる理由は、お湯の素的なのは勿論、とっても素的な女性が居るからである。職業柄、美人は見馴れているが、此の人は美人中の美人、会った瞬間息が止まって了う位の美人である。絵から抜け出て、又、絵に戻って了う様な(?)美人である。
 その人の名は星野千春。スナック“あじさい”のママである。千春ちゃんは今もその美貌を保ち続けている。

 昭和四十三年に此の草津を知ってから、暫(しばら)くして結婚。その後独立して劇団を持ち俳優もやり乍ら、演出、脚本と創作活動を続け、プロダクションも経営する様になった。
 日々繁多な中にも充実した毎日を送っていたが、疲れたら、何ヵ月かに一度草津に飛んで来て充電し、溌剌(はつらつ)として東京に戻って行く。或る時は妻さんと、或る時は劇団の俳優さんやプロダクションのスタッフを連れて来て、命の洗濯をする。という具合に、草津は私にとって必要不可欠の栄養剤であり、起爆剤の存在になって行った。

 昭和五十三年、秋。
 私は、一人で新作の芝居の台本を書きに草津に来ていた。西洋物の有名な小説を舞台劇にするという、私にとっては初めての試みで、原作の立派が故に創作にプレッシャーが掛かり、頭を抱え込んでいた。とはいえ、それは昼間の事である。夜は別。
 私はどんなに忙しくても、夜、巷に出て飲み歩くのを欠かした事はない。三百六十五日、欠かした事がない。      つづく。

 

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