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2010年2月 4日 (木)

肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 10

10. 客は皆ママに踊らされる…

 兎に角、此の“あじさい”で陰険に、ブスッとして飲み通す事は不可能である。
 どんなに根暗の人でも、五分もすりゃ、顔の筋肉が弛(たる)んで了う。四十人以上も客が居りゃ、中には性悪もいる。難癖をつけたり、悪酔いして他の客に喧嘩を売ったり、陽気になり過ぎて雰囲気から外(は)み出したりするのが居るもんだが、不思議と誰も調和を崩さない。見事な調和である。
 ところが、良く観ていると不思議でも何でもない。当然の事だという事が良く分かる。
 何気なくアハアハやってる様だが、此のママさんの感性は鋭どい。聴覚と視覚が研ぎ澄まされていて、どんな隅の会話でも聞き逃さない。どんな僅(わず)かな人の動きも見逃さない。一寸でも乱れが発生すると、そこへ向かってママの適切な言葉が飛ぶ。すると、忽(たちま)ちの内に其処が和む。一瞬をも見逃さず、すかさず応急手当が施(な)され、見事に調和を取り戻す。というより、前にも増して盛り上がる。
 ママの采配(さいはい)ぶりは実に何気なく、実に唐突に、実に屈託なく見える。注意して見ていないと、ママの凄さに気付けない。誰をも傷つけず、知らず知らずに反省させられたり、努力させられたりしている。
 老若男女の様々な個性、様々な我(が)を傷つけず、活かし、酒場という特殊な雰囲気の中で、一様に頂点に登り詰めさせていく。
“あじさい”の空間は芸術である。客は皆、ママの創作の登場人物で、見事に踊らされる。シナリオの無いドラマである。
 
 時の経つのはあっという間で、タイムリミットが遣って来る。名残を惜しみ乍ら、それぞれが帰って行く。
 深夜十二時を過ぎると殆どの客が帰って、カウンターに三、四人となる。勇さんも朝が早いからと帰って行った。
 午前一時、「さあ、今日は終りにすべー。帰って明日の為に寝るとすべェ」と、ママさんの閉会のお言葉。残った地元の人達と、明日このカウンターで逢う事を約して席を立つ。
 外に出ると、温泉の匂いが鼻を優しく包む。草津の秋の、深夜の風がピリピリと頬を刺激する。私が三十四才になりたての、秋の温泉街での、その夜の出会いであった。ふれあいであった。    つづく。

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