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2010年2月 5日 (金)

肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 11

11. 色気を売り物にしない様に……

 それから十年、私はすっかり“あじさい”の常連になっていた。
 千春ママは益々健在で、その接待ぶりは円熟味を増し、地元遠方を問わず増える一方である。ママの歯に衣を着せぬ言葉を聞き度くて、全国から遣って来る。
 ママと酒を呑んでいると、今迄悩んでいた事や苦にしていた事が、馬鹿らしくなって来る。
 ママの何気ない冗談の中に、凄い人生哲学があり、それがヒントになる。
 ママと呑んでいると、気分が安らぎ、リラックスする事が出来る。
 此のママの、年配であろうが若かろうが、肩書きが有ろうが無かろうが、地元であろうがなかろうが、一見であろうが常連であろうが、全く関係なく同じ様に喋り、そして誰にでも通じる――その会話術は、どうして培われたものなのであろうか。

“あじさい”は昭和四十八年(1973)四月に開店したらしい。妹に手伝って貰い、当初は若い美人姉妹が営(や)っている店、という事で評判になり、色気を求めて来る客も多かったという。餘(おまけ)に、その年の秋には父親が芸伎置屋を開業し、芸者も兼業する様になると、評判は益々高まった。お座敷に出てる間は妹に任せ、お座敷が引けたら、芸者姿の侭でスナックのママに転身する。繁昌するのは当然である。
 千春はお座敷でも売れに売れた。持ち前の器量にサッパリした気性、飲みっぷりの良さと小気味の良い受け応えが、粋な上客の心を捉(とら)えて離さなかった。千春指名のお座敷が多くなるに連れ、千春自身の心は重くなって行ったようだ。周りとの折り合いが、上手く行かなくなって来たのである。
 全ての面でズバ抜けているというのは、周りとの均衡を欠く。その上に、若くて新参者である。狭い町である。
 千春は、此の草津が好きだ。此の町に骨を埋めたいと思っている。群を抜いている存在自体、罪なのである。良い気になってやり度い放題やっていたら、その中弾き飛ばされるか、自滅する事になるだろう……。大儲けしたいという欲はない。健康で楽しく人生を送れれば良い。
 千春は徐々にお座敷を減らし、スナック一本に絞る事にした。そして、色気を売り物にしない様に努めた。面と向かって批判された事はないが、周りの冷たい視線というものは、鈍感でない限り分かるものだ。成可く地味に行動し、草津の町に融(と)け込むよう心掛けた。

                    つづく。

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