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2010年2月18日 (木)

肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 18

18. ラッキーな滑(すべ)り出しだと思いきや……

 温泉街……。そこに住み、そこに働き、そこに集まって来る人々……。色んな人がいる。色んな人生がある。
 病気を治す為に来て、その侭(まま)住み着いた人。アルバイトで来て、本職となり、住民になった人。駆け落ちして来て、共稼ぎをし乍ら居着いた男女、旅の縁(よすが)に寄って、何となく定住した人。と、理由(わけ)ありの人達をあまり詮索せず受け容れて呉れるのも、温泉街の特徴である。
 着のみ着の侭で飛び込んで来る人達に、堂々とした過去がある訳がない。嘘の履歴を嘘と百も承知で受け容れて呉れる。そういった好意を裏切って、使い込みや、無断で辞めて居無くなって了う人も沢山いる。そういう目に遭っても、温泉街の人達は驚かない。
「ああ、又か」「あの人も駄目だったか」と、自分達の被害を嘆かず、その人を哀れむ。又、温泉街に働く中、地元の人達の温情に心を打ち解け、心機一転、人生を遣り直す人もいる。草津の街も例外ではない。
 自業自得に違いはない。が、温泉街に流れ着いた人達には、何の苦労もなく惰性の日常を送っている人達とは違った、哀愁が有り、人生の襞(ひだ)が有る。
 私は草津の街が好きである。草津には掛け値の無い、垣根の無い人達が懸命に共存している姿が有る。
 都会の虚栄と欲の中から、此の赤裸々な草津の郷にやって来ると、
「人生って良いなー」と、芯から思う事が出来る。

 スナック“あじさい”も色んな事があった。開店当初、ホテルに半年契約で或るバンドが来ていた。その中に、ボーカルを担当していた十九才の少年、Mちゃんがいた。歌は上手いし、マスクは甘い。二枚目である。一寸神経質そうな、大人しい少年であった。東京出身で、十七才の頃から歌の勉強をし、プロを目差していた。Mちゃんの声は顔に正比例して甘く、ムード歌謡に持って来いの大人っぽい歌い方である。クラブ歌手向きの将来有望な少年だ。
 東京のクラブで、前座的に歌わせて貰っていた処、三ヵ月前、今のバンドにスカウトされたと云う。
 ラッキーな滑り出しだと思いきや、豈(あ)に図(はか)らんや、これがとんでもない。暴力団絡みのバンドだったのである。         つづく。

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