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2010年3月 7日 (日)

肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 22

22. 男は諦めて帰って行った――

 そこへ予約の団体がドヤドヤと入って来た。雰囲気は一変する。地元の人達は陽気で、直ぐ唄になる。ママに乗せられて、どんどん盛り上がる。
 カウンターのTさんは、帰り外(そ)びれたのか帰り度くないのか、淋しそうに居座っている。
 その中、地元の人達が代る代る遣って来て
「あんたも唄おうぜ」
「唄いなよ」と、横に坐ったり肩を叩いたりするので、Tさん大弱り。
「Tさん、唄いなよ。人間、為(な)る様に成るわさ。陽気にやらなきゃ。唄いな」と、笑い乍らママさん。
 Tさん、頭を掻き乍ら立って行き、マイクを取った。仲々上手い。野次(やじ)が飛ぶ。初めは元気が無かったが、漸々(だんだん)野次に反応する様になり、唄い終る頃には笑顔も見せる様になった。此の男、根は暗くない。素直な処も有って、何とか再生する見込みは有りそうだ。と、ママは思った。
 唄い終ったTさん、カウンターに戻って来て
「ママ、帰る。いくら?」
「A子ちゃん、どうするん?」
「……」
「そうだね。今のあんたじゃ、無理矢理連れて帰っても、又同じ事になるね」
「……」
「あんたの事は毎日聞かされてるよ。A子ちゃん、あんたに惚れてるよ。大丈夫だよ。あんた、真当(まっとう)に働きゃ何十万と稼げる腕を持ってるんだろう。頑張りな」
「いくら?」
「いいよ、今度で」頭を小さく下げて、男は出て行った。

 翌朝。
 泊まっていた旅館を引き上げて、Tさんは東京へ帰って行った。
 三日前から千春ママの家に隠れていたA子は、宿舎に帰って行った。
 
                         つづく。

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