« 肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 23 | トップページ | 隆明の時事考現 1 »

2010年3月16日 (火)

肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 24

24. 鉄火肌姐さんは、今も健在で…

 スナック“あじさい”には、全国からファンが遣って来る。九州からツアーを組んだ会社ぐるみ。名古屋から毎月一度遣って来る、愉快な社長夫妻。浅草の粋な社長夫妻。渋谷のヤマちゃんやトーチャンとは、示し合わせて“あじさい”で落ち合うという仲になった。
 元世界チャンピオンのボクサーや、現役の横綱さん、有名な歌手等も時たま顔を出す。皆一様にママの崇拝者である。
 星野千春は幸福者である。人に慕われるという、最高に贅沢な財産を持っている。サービス業という仕事に誇りを持ち、誰彼の区別なく、誠意を以て接するその姿は、正しく達人である。ママのサービス業は天職である。大いなる天の加護を享けて、スナック“あじさい”は益々繁昌する事だろう。
「ママは何時迄スナックやる積り?」と、莫迦な質問をしてみた。
「そうだね。人間は明日ってものが分からない。だから、明日より今日が大事なんだ。今日頑張ってれば、明日死んでも良いもんね。明日死んでも良い今日にしなきゃね。だから、生きてる中は“あじさい”で頑張ってると思うよ。そいで死んだら、黄泉(よみ)の国へ行って、そこで亦“あじさい”やるだよ、アハハハ」何と云う達観。
「そりゃ良いや、どう見ても俺らの方が先に逝(い)くから、向こうで一等地を見付けといてやるだ。安心してゆっくりおいで」
「有難さん。黄泉の国の目抜き通りでやりゃ、またまた“あじさい”大繁昌だ。カンペイしよう」
「しようしよう」
 カンペイ!! 完敗。

 以上で「あじさい物語」は終わりです。これは平成元年(1989)に出版した私著「TATUJIN」の中から抜き出しました。
 その後の“あじさい”は平成二十二年の現在、目抜き通りから少し離れた自宅を兼ねて営業している。“あじさい”もママも健在である。
 私も年に何度か草津に行くが、必ず“あじさい”に行き地元の人達とバカ話をするのが楽しみの一つである。
 千春ママは、六十を過ぎた今も若々しい。美貌に円熟味を増し、口も益々滑らかで、一日一日を颯爽と生きている。
 群馬の山奥の鉄火肌姐さん――千春ママさんの物語でした。

                   次回へとつづく。

|

« 肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 23 | トップページ | 隆明の時事考現 1 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 肝っ玉姐さんの湯の町騒動記 23 | トップページ | 隆明の時事考現 1 »