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2010年5月17日 (月)

隆明の時事考現 3

3. 日本程残酷な国はない

 どんな動物でも母性愛がある。その愛は深く、親は子を守る為に命をも懸ける。何時でも子を護る為には自分を犠牲にする事が出来る。当り前の事である。
 人間も勿論そうだ。人間も例外ではない筈だ。
 なのに生まれた許りの赤ちゃんをトイレやゴミ箱に捨て去る母親がいる。事もあろうに不浄のトイレやゴミ箱にだ。汚ないものを捨てる所に自分の産んだ子を捨てるというのは、本当に不要で不潔の物として棄てるという事だ。
 人間ではない。とても許せるものではない。悪魔の仕業としか言い様がない。
 嘗(かっ)て、貧富の差が著しい時代があった。食うや食えずの貧窮の中にあって、止むを得ず、涙乍らに赤児の顔を布団で覆った母親。日本の各地で起きた「間引き」という子殺し、悲しい哀しい時代であった。愛する子を殺さなければならない。身を切られる思いで我が子の命を絶つという、此の上もない地獄……

 今はそんな時代ではない。経済的な理由であれば、幾らでも子供を救ける方法はある。現に国や施設や親類や知人に依って多くの子が助かっている。
 助かれば良いってものじゃないが、命を絶たれるよりは良い。その子は波瀾万丈の人生を送るだろうが、その不運がその子を逞しく育てる事もある。親が無くても子は育つという例えにある様に、どんな不遇であろうと、生きていれば必ず良い事もある。
 人間は生まれて来た限り生きねばならない。殺されてはならない。
 親は絶対子を殺してはならない。親の権利と義務を放棄しても良いが、子を殺す権利はない。絶対殺してはならない。必ず天罰が下る。その罪は重い。取り返しがつかない。何回生まれ変わって来ても、その罪は永遠に消えない。何度生まれて来ても、殺されたり不遇の人生を送る。因果応報、良きも悪しきも全て自分に還るのである。
 何故、今人間は一番大事な“愛”を育む事が出来ないのか。世界的に蔓延している人間愛の欠落……。特に日本は酷い。親が子を殺すという行為は世界のあちこちで起きてはいるが、日本程頻繁な、残酷な国はない。最低である。最悪である。命の尊さを知らない人間に子を生む資格はない。子を産んではならない。    

                                                         つづく。

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