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2011年6月13日 (月)

隆明の時事考現 25

25. 法律には犠牲者が不可欠である

 大地震と津波が原発の爆発をも惹(ひ)き起こし、天災と人災の恐ろしさを認識するのに、どうして、こうも大きな犠牲を払わなければならないのか……
 欧州各国で原発廃止運動が高まっている中、何故、唯一の被爆国であり、今また大惨事に遭っている、我が日本国が大人しいのか、静かなのか……どうも分からない。全国的な大運動になっても全然可笑しくないのに……
 この侭(まま)だと、もっともっと大規模な、地球壊滅へと向かう事になる。

 私著『ホント八百』(平成7年9月刊行)、今から16年前の一節にこう書いている。

『ホント八百』 P.25~抜粋1
 法律と云えば、人間の造る法律は尊い犠牲の上に成立する。必ず、犠牲者が出てから問題になり、討議され決議され、決定する。先を予測して成立する事は殆どない。尊い犠牲の、人柱の上に成り立っている。
 行政の遅さも同じである。
「この道路は危ない、その内事故が起きるぞ」と、以前から声が上がり、問題になっていても何も為(な)されない。ところが事故が起きると、「あっ」という間に信号機が付き、歩道が敷かれる。犠牲者が不可欠なのである。根本的に間違っている。そんな政治家を育てたのは誰だ? そんな政治家を選んだのは誰だ?
 誰でもない、我々である。我々庶民なんだよ、ホント。我々は被害者であり、その実、加害者なのである。

                       つづく。

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