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2012年3月 7日 (水)

もう一つの戦争 番外2

2. 文麿の自殺

「ミミさん、これからは民主主義の世の中だよ。君も一市民として、質素に約(つま)しく生きなきゃね」
「ミミさん」とは通隆の家族間の通称である。
 今後の日本の行く末、近衞家の在り方を酒を汲み汲み、語り合う親と子……
「そろそろ寝ようか ミミさん」午前二時を過ぎていた。
「ハイ、お孟(もう)様」 自室への廊下を歩き乍ら、通隆はその胸に父への別れを告げた。
 文麿の部屋の襖を隔て、文麿夫人は正座の侭夫を見送った。静かな静かな別れであった。

 文麿は総理を辞する前から、秘かに仲の良い医者に頼み、青酸カリを貰い受けていた。何日、何処ででも死ねる様に、懐に忍ばせていた。
 名医の用意した薬は、見苦しく死なぬ様に調合されていて、正しく「眠る様な最期であった」と、後になって通隆は母から聞いた。

 文麿の長男文隆(俺らの父)は、自由奔放、豪放磊落(ごうほうらいらく)、実に大らかな人柄であったらしい。
 自分の身分にも無頓着で、誰とでも親しく差別はしなかった。
 ミミさんに父の事を聞くと、何時もニッコリとして、遠くを見る様に、その武勇伝や痛快なるエピソードを語って呉れた。
 世間には知られていない、吃驚仰天の行状振舞は、聞けば聞く程途方もない大きさを伺わせる。

「兎に角、座に兄貴が入って来ると、パーッと明るく、雰囲気がコロッと変わるんだよ。皆を楽しくさせる天才だね、兄貴は」
 ミミさんは兄貴が大好きで大好きで憧れであったらしい。

 豪快な近衞文隆、その41年の人生はどんなだったのか……
                          つづく。
     

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