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2012年3月19日 (月)

もう一つの戦争 番外4

4. サロンの夜は更けて

 叔父の仏壇は、嘗(かつ)て、父、文麿公の自死した部屋に拵えられていた。
 四十九日迄は御参りに来る人もいるので、お骨と共に此の侭にして置くらしい。
 遺影と位牌の前に、コップ酒を供え、
 「ありがとう、逝ってらっしゃい」と、コップを合わせ、戴いた。酒は叔父の大好きな「八海山」である。逝く日の10日前に乾杯をしたのも、荻外荘サロンのカウンターであった。
 「やっぱり八海山は良いね」と、嬉しそうに舐(な)める叔父。嘗ての、グイっと呷(あお)る豪快さは消えていたが、目を細め、楽しそうに、じっくり味わう叔父の姿であった。俺ら夫婦が生前に見た、叔父の最後の姿であった。

 叔母は、此の一ヵ月、忙しかった所為(せい)か、寝不足もあり、疲労感が取れないと云う。
 それでは、と俺らは神主に早変わり、御祓(おはらい)となる。ゴットハンドの出番である。
 此の御祓は痛いのだが、叔母は良く我慢する。
 「痛くて、もう止めてと思うが、治るんだと思うと我慢出来る。不思議ねえ」と、終わった後いつも仰言(おっしゃ)る。
 結果は何処も悪くなかった。只の疲れであった。血の循環が良くなったので、体も軽くなったらしい。俺らが御祓をする様になってから、叔父も叔母も病院に縁が薄くなった。叔父の最期も自宅であった。
 荻外荘サロン。
 此のカウンターで、毎月の様に叔父夫婦と甥夫婦が、酒盛りをして来た。
 他愛もない四方山話(よもやまばなし)に花を咲かせたものだ。その叔父も今はいない。
 叔父の何時も坐(すわ)る席に俺らが据(すわ)り、4人で乾杯。
 酒が進むに連れ、段々賑(にぎ)やかになって行く。
 叔父は賑やかが大好きで、乗って来ると必ず極(きま)り文句。
 「あんらー、楽しくなって来たぞー!」と、発する。それを合図に盛り上がり、ワイワイ、ガヤガヤと、賑々しくなって行ったものである。
 その夜は俺らが「あんらー」をやって、荻外荘の夜は更けていく……。
 叔父も喜んで呉れているに違いない。
 否、一緒にいて参加している……かな。
                         つづく。

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