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2012年6月28日 (木)

もう一つの戦争 番外12

12. ボチさんへの通信 8

 ボチさんとは一度も逢う事なく私生児として誕生し、防空壕から戦後の焼跡の幼年期、混迷の中から徐々(じょじょ)に復興の道を辿る少年期は、転々と親戚や知人の所を盥回(たらいまわ)し――全く、我が家、家庭というものを知らずに、それでもスクスクと育った。育つ事が出来たのは生まれ持っての楽天性、父ボチさんのDNA大らかさを受け継いだからである。母美代子さんと文隆さんに感謝感謝の念が強まる、齢(よわい)67の今日この頃ですよ、ボチさん。
 ボチさん、近衞家伝来のものでしょうか? 俺らも御先祖の誰方にも負けない大酒飲みで、酒は一日も欠かした事がない。人は「アル中じゃないの?」と呆れるが、俺らの酒は「食事」なのです。食事を摂らなきゃ飢え死にするでしょう。故に毎日食事をする。と同時に人中でもある。人間中毒です。人と酒を汲み交わし乍らのコミュニケーションは至上の幸福であります。ボチさんの分まで俺らとオイチャン、ミミさんで充分飲みましたよ。オイチャンは乗って来ると、
「嬉しくなって来たぞー!」と吠える。俺らも何時の頃からかそれが移って殆ど同時に吠えるようになってました。
 酔って語って大笑い……二人だけの宴会も終盤に近づくと歌を二曲ずつ。
 そして最後は
「兄貴は大きかった。周りを明るくした。大酒飲みとプライドの高さは、バカぶっちゃいるが兄貴そっくりだよ、君は」
 この言葉が決まり文句のように終宴となり、帰途に着く。それがこの三年、オイチャンの老化が進み、飲みに行ってもオバチャマ同伴で、近所の荻窪駅側のスナック一軒が精々となりました。そして死ぬ半年前からは、自宅の荻外荘サロンのカウンターが、唯一の遊び場となり、酒量も極端に減りました。酒量は減ったが、コップを口に運ぶ時は目を細め、舐める様に呑む、その表情は幸福そのものである。
 そして、オイチャンは逝った。前日まで幸福の酒を飲み、翌朝ボチさんや文麿さんの元へ旅立ったのです。
 平成24年2月11日、建国記念日。近衞通隆逝去。
 享年89才……でした。
                         つづく。

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