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2012年8月 9日 (木)

もう一つの戦争 番外13

13.ボチさんへの通信9

 平成24年7月1日、午前8時。ボチさん、貴方の子を産んでから68年、東 美代子さんが86年と5ヵ月の人生を終え、旅立ちました。昭和元年に生まれ、激動の時代を生き抜き、51才で引退。平穏且つ、気楽な隠居生活は波瀾万丈を乗り切った美代子さんへのご褒美(ほうび)だったのでしょう。
 女手ひとつで誰にも頼らず、家族5人を養い、護り切った美代子さんは立派でしたよ、ボチさん。

 美代子さんは老化で首の骨が脆(もろ)くなっており、激痛が走った為一人で病院に行き、ギブスを嵌(は)めて貰い、その侭入院となりました。
 ギブスを嵌めていて身動き出来ないが、食欲旺盛で口も達者。
「入院が長くなりそうですね」と、医者も看護士さんも口を揃えたが、この世が退屈になったのか、暫くしてあっさりと逝去。

 最期は俺ら夫婦に「有難ね」と3才の児の様に無邪気な笑顔で別れを告げ、孫の隆道には手を握って貰い、
「おばあちゃん、ゆっくり眠ってね」のお返しに、徒っぽくウィンクをして、スヤスヤと眠りに就いた。
 暫くして死亡が確認されました。穏やかな、大往生でした。

 ミミさんが2月11日に亡くなった時、美代子さんは俺らをスナックに誘い「通隆さんに献杯!」と、酒を呷った。
 その夜は仲々帰ろうとしないのを、「もう遅いから」と無理矢理迎えのタクシーに乗せました。
「これで近衞家とも縁が切れた」と、ポツンと言った母の顔が淋し気であった。
 たった一つの細い糸が切れ、
「次は私の番だ」と、ミミさんを追い掛ける様に、旅立って行きました。
 東 美代子さん享年86才、御苦労様でした。     合掌。
                                つづく。

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