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2012年9月10日 (月)

もう一つの戦争 番外15


15.ボチさんへの通信11 ――直系の終末――


 ボチさん。
 今年は大変な年です。色んな事がありますが、中でも叔父ミミさんと母美代子さんが、其方に逝った事は記念すべき大きな出来事でした。
 二人に共通する事は、二人共大往生だったという事です。逝く数日前から、ニコニコニコニコ笑って軽口を叩き、旨そうに酒を舐め、間際には眠る様に穏やかに息を引きとった事も、まるで申し合わせた様でした。何とステキな死に様でしょうか。人は、その死に様が生き様を物語る。

Atumaro_4終り良ければ全て良し
さよならだけが人生さ

人は素晴らしい終り方をする為に素晴らしく生きる ステキな「さよなら」を云う為に……

文麿祖父も文隆父も
ステキには死ねなかった
さぞ 無念だったでしょう

Fumimaro_6
戦争を阻止しようと懸命に働いた二人がその戦争に殺された

父子による必死の工作が あの親書が
敵の大将に届けられていれば あの時
陸軍の追手に捕われていなければ……

戦争は避けられた
歴史は 今とは大きく違っていた!

Fumitaka_5


何故 貴方がたが



Takaaki_8


国の犠牲にならなければならないのか

何故 死なねばならないのか!

俺らの掛替えのない父と祖父
そして その子と息子

私を以て その時代と血に別れを告げる
Takamiti_3


やがて 貴方がたの後を追い
世の中から忘却される事だろう

 



      ボチさんと綿々と続いた近衞家の血に
      万感の愛をこめて さよならを云おう……
               さようなら

(写真は上から曽祖父 篤麿、祖父 文麿、父 文隆、 
俺ら 隆明、息子 隆道)

 

                    ボチさんへの通信 おわり
                    隆明の“つれづれに”に続く

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コメント

目白に住んでいたころ、喫茶店で話しかけてきた有馬さんというおばあさんから「私は子どもの頃目白の近衛邸に住んでいて、ボチさんの幼馴染だった」という話を聞いてから、お父様に憧れ、ずっと追いかけていました。

本当に素晴らしいお父様ですね。
日本人の誇りです。

ボチさんの書(掛け軸)を持っておりますので、ご遺族に見て頂きたいと思っております。

投稿: 王野百合子 | 2013年7月 1日 (月) 23時53分

東隆明様、隆道様、はじめまして。

近衞家17代近衞信尹(のぶただ)は、
豊臣秀吉の関白就任に反対。

秀吉に睨まれ、薩摩・坊津(ぼうのつ
=藤原氏が最重要視した港)に配流され、
宮田但馬守(たじまのかみ)の屋敷に
滞在。

身の回りの御世話をした宮田家の娘に、
信尹の庶子誕生。証として「信」の
1字拝領、代々、通し字として、
男子の名に付して参りました。

宮田宗家曾孫・宮田万寿実
(近衞信櫻未)と申します。

来る 11/21、坊津にて
近衞信尹・生誕450年
近衞藤公青春祭・公家行列。
(どなたも、参加出来ます。)

又、11/22は、近衞サミット開催。
宜しかったら、是非、お越し下さいませ。

近衛文隆様と、母の若い頃は瓜二つ、
隆道様に、良く似た親戚も、おります。
是非、御目文字致したく、
どうぞ宜しくお願い申し上げます♪
m(._.)m
Facebook、mixi、GREEにも、おります。
どうぞ、お気軽に、ご連絡下さいませ。
090-2580-3048

投稿: 宮田万寿実(近衞信櫻未) | 2015年11月11日 (水) 04時03分

☆新年、おめでとうっ、ございます!!
不況!?の御時世、心弾ませ、
明るい年に致したいですっ
…♪\(^o^)/
本年も、どうぞ宜しく
お願い申し上げます!!
m(._.)m

☆①1/2今夜TV「信長燃ゆ」
②嶋津斉彬が夢を描いて眺めた風景
③薩摩藩を守り、日本の
平和と文化に貢献した、
近衞前久、近衞信尹ノブタダ

☆今日は皇室一般参賀の日…
さらに、今日の注目!!
テレビ東京系「新春時代劇
『信長燃ゆ』21:00〜23:58
直木賞作家・安部龍太郎の
原作より、天下統一を志す
東山紀之演じる織田信長と
朝廷の近衞前久らの対決!!
面白くて目が離せません!!

普段、近衞顕彰会にて
お伝え致してます、
武家の台頭する時代に
皇室を必死で守った、
近衞前久 コノエ・サキヒサ、
近衞信尹(信基)コノエ・ノブタダ、
登場致します。

☆前久と信尹は、関ヶ原合戦後、
敗軍・薩摩藩が、
お取り潰しにならない様に、
嶋津家から、
近衞家への正式依頼を受けて、
徳川家康に、
薩摩藩・所領安堵交渉を展開、
確約させ、薩摩を守りました。

☆近衞前久は、
松平家康に、
「徳川」の名字を斡旋した
人です。
お時間許す方、是非、御高覧を!!

☆個人的には、近衞前久が
皇室を守る為の黒幕、
悪役!?に描かれている為、
真実は、違うと想いますので、
(沢山の説・議論ある所)
子孫の立場から、
深く調査探究、いつの日か、
描いてみたいです。

☆{寺尾演じる近衛前久は、
五摂関家筆頭の地位にある
朝廷側の人物。
信長が天下統一に迫る中、
朝廷を守るために
あえて信長に近づく一方で
信長謀殺を決した。
信長に憧れと強い嫉妬を抱き、
豊臣秀吉や明智光秀の思いを
利用し「本能寺の変」の黒幕
として暗躍する。
寺尾は「前久という役は
信長のライバルというより、
むしろ
一番寄り添っていた人で、
信長の魅力を理解していた
人物。}
(携帯検索より引用)私も、
近衞前久は、織田信長と
親しく、嫡男・近衞信尹の
元服の烏帽子親として、
織田信長の「信」の1字を、
近衞信尹(信基)に戴いた、
人間関係から、織田信長の
殺害を画策する筈がない、
むしろ盟友的関係と想います。
議論が別れる複雑な動きを、
皇室を守る為に、近衞前久が
演じざるを得なかった、
と言う事でしょうか?

☆ちなみに、
このドラマに登場する人物の中で、
近衞前久 コノエ・サキヒサ、
近衞信尹(信基)コノエ・ノブタダ、
織田信長、
そして、
徳川家康も、
登場していたら…私は、
庶流にすぎませんが、子孫、先祖達です。

☆近衞信尹(信基)が、
豊臣秀吉の関白就任に際し、
「関白は、五摂(関)家が
交互に務める習わし」
として反対し、睨ニラまれ、
薩摩・坊津ボウノツ3年配流され、
宮田家に滞在、宮田家の娘
との間に生まれた庶子の
証アカシに、「信」の1字拝領、
代々の通し字として
宮田家 男子の名に
付して参りました。

☆当時の宮田家の屋敷は、
現在の龍巌寺と
隣接する近衞公園周辺、
更に、昭和年代迄、四世紀、
宮田本家(役宅)が隣接、私は、
宮田本家の娘・サトの曾孫
ヒマゴに当たります。

☆宮田本家(役宅)には、
嶋津斉彬も、滞在。
宮田本家(龍巌寺境内)から
見下ろす眼下には、
近衞信尹が、硯の水を汲んだ、
硯川が流れ込む深浦と
中島が見えます。
この中島に、嶋津斉彬は、
大砲台を作り、
西洋式白砂糖工場
「白糖方」ハットホウを建設
しようとして急死
(正室の嫡男・斉彬でなく、
我が息子に藩主を継がせたい
父の側室おゆら側近側に
毒殺された説が有力)。
今も、「白糖方」ハットホウは、
地名として残っております。

☆龍巌寺境内に佇む度に、
斉彬の無念と野望、
壮大な夢に想いを馳せ…
庶子に過ぎませんが、
現地・坊津の子孫として、
斉彬の果たせなかった無念を、
坊津に於ける夢の続きを、
現代風に形を変えて、
実現致して参りたい、
起業して、皆の働く場所、
雇用を産み出したい、
日本・鹿児島・坊津の
産物・立地・魅力を生かし、
歴史・文化の魅力を
発信致して参りたく、
本年も、どうぞ、宜しく、
お願い申し上げます。
m(._.)m

☆(Wikipediaより参照要約)
斉彬は、江戸時代迄の
島津藩主家にて唯一、
徳川家康の血を引く当主。
母・弥姫イヨヒメ(周子カネコ)は
父・鳥取藩主・池田治道と
母・仙台藩主・伊達重村の娘
・生姫。両親の婚姻関係より、
弥姫は徳川家康、伊達政宗、
織田信長の血を引いている。

☆「近衞顕彰会」の
文化侍・公家侍 制度は、
熊本の1口城主に模した、
歴史・文化活動に共鳴する
方々の為の取り組みです。
皆様と、御一緒に、
日本の歴史・文化の魅力を
アピール致して参りたく、
今年も、どうぞ、宜しく、
お願い申し上げます
m(._.)m

投稿: 宮田万寿実(近衞信櫻未) | 2016年1月 2日 (土) 19時10分

【コメントの続き】
☆当時の宮田家の屋敷は、
現在の龍巌寺と
隣接する近衞公園周辺、
更に、昭和年代迄、四世紀、
宮田本家(役宅)が隣接、私は、
宮田本家の娘・サトの曾孫
ヒマゴに当たります。

☆宮田本家(役宅)には、
嶋津斉彬も、滞在。
宮田本家(龍巌寺境内)から
見下ろす眼下には、
近衞信尹が、硯の水を汲んだ、
硯川が流れ込む深浦と
中島が見えます。
この中島に、嶋津斉彬は、
大砲台を作り、
西洋式白砂糖工場
「白糖方」ハットホウを建設
しようとして急死
(正室の嫡男・斉彬でなく、
我が息子に藩主を継がせたい
父の側室おゆら側近側に
毒殺された説が有力)。
今も、「白糖方」ハットホウは、
地名として残っております。

☆龍巌寺境内に佇む度に、
斉彬の無念と野望、
壮大な夢に想いを馳せ…
庶子に過ぎませんが、
現地・坊津の子孫として、
斉彬の果たせなかった無念を、
坊津に於ける夢の続きを、
現代風に形を変えて、
実現致して参りたい、
起業して、皆の働く場所、
雇用を産み出したい、
日本・鹿児島・坊津の
産物・立地・魅力を生かし、
歴史・文化の魅力を
発信致して参りたく、
本年も、どうぞ、宜しく、
お願い申し上げます。
m(._.)m

☆(Wikipediaより参照要約)
斉彬は、江戸時代迄の
島津藩主家にて唯一、
徳川家康の血を引く当主。
母・弥姫イヨヒメ(周子カネコ)は
父・鳥取藩主・池田治道と
母・仙台藩主・伊達重村の娘
・生姫。両親の婚姻関係より、
弥姫は徳川家康、伊達政宗、
織田信長の血を引いている。

☆「近衞顕彰会」の
文化侍・公家侍 制度は、
熊本の1口城主に模した、
歴史・文化活動に共鳴する
方々の為の取り組みです。
皆様と、御一緒に、
日本の歴史・文化の魅力を
アピール致して参りたく、
今年も、どうぞ、宜しく、
お願い申し上げます
m(._.)m

投稿: 宮田万寿実(近衞信櫻未) | 2016年1月 2日 (土) 19時18分

☆東隆明様、ご令息様、
先日は、近衞文麿展にて、
楽しいひととき、
有難うございました。
ご馳走様でした(^-^)
御令室様、お電話など、
有難うございました。
m(__)m♪

読者の皆様、
☆follow me!! ツイッター 近衞信櫻未

6/30 午後 4 時15分 ~ 5時45分
(母、宮田マス命日)

なみじゃない杉並 
荻外(てきがいそう)をおもてなしの舞台に

「近衞文麿が想い馳せた、 近衛信尹、
元祖 近衞家 」(敬称略) 参加自由、
荻窪 地域区民センター第5会議室 、

寛永の三筆、関ヶ原敗軍 島津薩摩藩を 、
お取り潰しから 守り、
日本の 平和と文化に貢献した 、
近衛家の親子鷹、
お誘い合わせの上、どうぞ

090-2580-3048 学芸員携帯

東隆明様のブログ見た、で、
会費1000円→500円に、なります。

6 月 30 日
① 荻外荘 ( てきがいそう・近衞文麿屋敷跡 ) 公園散策 
3 時半~   散策のみ、ご参加の方 は、レジメ・通信費代 100 円

② 講演会  4 時 15 分~ 5 時 45 分   於 荻窪地域区民センター 第五会議室
会費 ( レジメ・通信費・会場費込 )
一般 ( どなた様も 参加自由 ) 1000 円 近衞顕彰会、関係者は 500 円

③ 懇親会   6 時半位~ ( サイゼリア  ご自分の注文したメニュー代 懇親会のみ ご参加の方 は、レジメ・通信費代 100 円 )

かねて、お話していた勉強会、
2週間前に会議室予約、
風邪ひき、お声掛けできず、

スマホに変えたら 、
sns にログインできなくなり、
長い間に応援してくださった
約1500人のフォロワーの方々に、
お声掛けしたかったのですが、 
試行錯誤の末、諦めて、
アカウントを作り直し、
フォロワーは本人からしか見えない設定に
なっていたため・・・

携帯から送信出来ず、パソコンから送信の為、
移動、お知らせ遅く、すみません。

sns で見かけたら、
どうぞお気軽にお声掛けくださいませ(^-^)
どうぞよろしくお願い申し上げますm(__)m
 

投稿: 近衞信櫻未(宮田万寿実) | 2016年6月30日 (木) 13時38分

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