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2012年10月13日 (土)

隆明の“つれづれに”3

3.坂の上のあの人は……

 俺らが小さい時である。あれは3才の頃だろうか……
 農家の庭で、女の人が何人かと話している。小さい子は大きな木に成っているミカンを眩しく眺めている。
 やがて女の人は風呂敷包みを解いて、着物の様な物をその人達に見せ出した。その人達は着物を広げ、空に翳(かざ)したり、身体にくっつける様にして、大声で笑っている。
 家の中に引っ込んだ人が、何やら重そうに持って来て、女の人に渡している。
 女の人は何度も頭を下げて笑っている。
 男の人がニコニコし乍ら、小さい子に手招きする。大きな小父さんである。
 男の子は人懐っこそうに小父さんの所に行くと、木に実っている大きなミカンを一つもぎ取って、小さな手に持たせて呉れる。
 目映い夕陽の中、広い長ーい坂を女の人が上っていく。その後を大きなミカンを大事そうに玩(もてあそ)び乍ら、従いていく童子――。
 所々で女の人は立ち止まり、両手いっぱいの荷物を下ろし、汗をふきふき又荷物を持って坂を上り出す。童子もミカンに熱中し乍ら従いていく。
 もう少しでてっぺんという所で童子が石につまずき、倒れる。手から離れたミカンが坂を転げ落ちていく。慌てた童子はミカンを追いかける。ミカンはどんどん逃げていく。またもや童子はつまずき、ミカンを追い乍ら転がっていく。
 麓でミカンを掴まえた童子は、ミカンの土を払い乍ら、坂を女の人の元へと上っていく。坂の上で待っていた女の人は蹲(うずくま)っている。その背中が震えていて、その首に夕陽が射し、童子には燃えている様に見え、怖かった。

 俺らが母に逢ったのは6才の時である。
「私がお母さんだよ」と云われる迄、母という言葉を知らなかった。
 あの坂の上の、あの人はお母さんだったのか。
 母が逝った今、それを確かめる術はない。
                     つづく。

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