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2012年11月 2日 (金)

隆明の“つれづれに”4

4.五感は歴史を忘れないものか

 俺らの入学は小学二年の五月からだった。あちこちの家を盥回(たらいまわ)しされ乍ら、一旦、六才の頃母親に引き取られた。記憶に残る最初の母親との出会いであった。
「私がお母さんだよ」と云って駆け寄って来た若き母に、照れ臭かったのか、母という言葉の意味が分からなかったのか、気まずくモジモジしていると、いきなり抱き締められた。糊(のり)の利いている白い割烹着が、とても良い匂いだったのを今も俺らの鼻は憶(おぼ)えている。そして、その日食べさせて呉れた鰯の煮つけは、その香りといい味といい、今も鼻と舌にこびりついている。
 どうも人の人生は、その歩み来し節々を、鼻や舌に、歴史を刻む様に証拠として、残して行く様だ。魚の姿を一匹丸毎見たのは初めてで、丸毎食べたのも初めてで、感動したのを此の眼が覚えている。理由は分からないが、母との出会いから間もなく、又盥回しが始まった。母と一緒にいたのは一週間足らずだったような気がする。
 盥回しに歯止めが掛かるのは、それから二年近く経った頃である。預けられた家の御夫婦は、さばさばとした性格で、自分の娘二人と差別する事なく養って呉れた。
 或る日、御主人が「ついてらっしゃい」と云って俺らを小学校に連れて行った。
 翌日から俺らは、いきなり二年生として通学する事になった。御主人が保護者として、親代りとなって入学させて呉れたのである。今もその御恩には、言葉に云い尽くせぬ程感謝している。只、俺らも自分よりも年下の娘さん達に気を遣い、御両親には一切甘える事なく、良く家事の手伝いもした。

 或る日、下校前に雨が降り、傘を持って迎えに来た母親と帰って行く、友達を校舎の二階で凝っと見ている俺らがいた。
 誰もいなくなった校庭を突っ切り、大雨の中を走って帰った。ズック靴の破れた指先から、入り込んでいる雨が、クチュックチュッと音を鳴らし乍ら飛び出し、まるでリズミカルに、矢鱈楽し気な音感が耳に残っている。
 母親がその家に転がり込んで来たのは、それから三年…俺らが小学五年の時である。
                つづく。

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